キャスパーの書庫

キャスパーです。 大好きなアニメの妄想モリモリの二次創作小説をぽつぽつと書いていこうと思います。 アニメ全般大好きなので、広く繋がっていけたらいいな。

クリスマスミッション ~タイムリミットは夕食まで~

 

 クリスマスイブの今日は、夜のクリスマスパーティーに備えて各々準備を進めていた
 ロイドは料理担当、前日に仕込みを少々しており、今日は当日用の食材の買い出し、ゆっくりと過ごしディナーを作る予定。
ヨルは飾りつけ担当、部屋の装飾は数日前にしてあるが、今日はパーティーなのでより一層華やかに花などを飾り付ける、さほど忙しくない。アーニャは盛り上げ役担当、特にやることはない。
 そんな素敵な休日のお昼を過ぎたころ、一本の電話によって怒涛のクリスマスとなってしまう。

 

 電話がジリリリと鳴り響く。座っていたロイドを制し、私がでますとヨルが受話器を取った。
「はいもしもし…あ、いつも主人がお世話になっております。はい、少々お待ちください…ロイドさん、病院の方からです」
 主人がお世話になっております。という定型文を聞き、ロイドの中で二つの候補が上がっていた。一つは勤め先であり病院で何か緊急の呼び出しか、しかし本日は非番なので相当なことがない限り精神科医のロイドが呼び出される可能性は低い。となるともう一つは、病院からというていでのWISEからの呼び出しだ。可能性を考えると後者の方が高い。ロイドはこれから起こるであろうパターンをいくつか想定しヨルから受話器を受け取った。
「ありがとうございます…はい、ロイドです…はい、はい…わかりました」
 ロイドは受話器を置くとヨルとアーニャに申し訳なさそうな顔を向けた。
「すみません、病院から緊急の呼び出しみたいで、ちょっと行ってきます。夕飯には間に合うように帰りますから」
 クリスマスの日に急に仕事に呼び出される、なんて事態にも嫌な顔一つしないで見送ってくれるヨルたちに感謝しながらロイドは家を出た。
「こんな日にまでお仕事なんて、やはりお医者様は忙しいですね」
(ちち、ほんとうはスパイのえらいひとによびだされた)
「お夕飯までには戻るとおっしゃっていましたが大丈夫でしょうか…」
 するとまた電話が鳴り響いた。
「あら、今度はどなたでしょう。はい、フォージャーです…はい、はい…わかりました、すぐに伺います」
ほんの一瞬眼光が鋭くなったが、ガチャリと受話器を置くといつもの表情に戻っていた。
「すみませんアーニャさん、私も職場に呼び出されてしまいまして…でもアーニャさん一人で置いていくわけにはいきませんよね…」
「アーニャ、ジじじとバばばのところにいくからだいじょぶ」
「オーセン夫妻と一緒なら安心ですね、急なお願いですが大丈夫でしょうか。おやつのお菓子も一緒に持っていきましょう」
できるだけ早く戻りますから、とアーニャをオーセン夫妻に預けたヨルは急ぎ足でガーデンへと向かった。

 


「こんにちは、あるいはこんばんはエージェント黄昏」
「今日は仕事を入れないようにとお願いしておいたはずですが」
「すまないな、緊急の案件で少々手が足りていないんだ」
 もちろん不満を言ったところで拒否権などあるわけもなく、ロイドは黙ってハンドラーが差し出した資料に目を通した。
 それには偵察していた部隊が入手した情報が記されており、東国<オスタニア>過激派が西国<ウィスタリス>の仕業に見せた爆弾テロを計画していると記されていた。
「また爆弾ですか」
「あぁ、このテロが実行されたら西国<ウィスタリス>に疑いの目が向けられるのは間違いない、過激派の思惑通り、戦争の火種には十分なるだろうな」
「だから俺に過激派を見つけて始末しろと」
「そうだ、過激派を捕えて爆弾のありかを聞きだせ」
さも簡単な事かのように言っているがこれはかなり骨が折れそうだ。正直夕食までに帰れる気がしない…と書類を読みながら夕飯の支度と食材の買い出しを含めた時間を瞬時に目算する。
「奴らの移動場所から爆弾のおおよその検討はついていないんですか?」
「人数はそう多くないんだが素人のように個々で動き回っていてな、そのため誰が爆弾を持っていて、誰が設置したのかもわかっていない。作戦なのか、本当に素人なのか…どうやら裏で大物政治家が関係しているということはわかっている」
「大物政治家ですか」
「あぁ、そっちは別の班に当たらせる。とにかく今は爆弾処理が優先だ、絶対に阻止しろ」
 こんなクリスマスの日にわざわざテロを起こそうなんて、本当に面倒なことをしてくれる。大人しくチキンでも食っていればいいものを…。
 この後の予定を考えて若干嫌気がさしているようだが仕事は仕事。そこにもう父親としての顔は無かった。

 


「お呼びでしょうか店長」
「突然呼び出してすみません、実は緊急で対応してほしい仕事がありまして。仕事はとある大物政治家の暗殺です。どうやら東国<オスタニア>の過激派と繋がっているようでしてね。その過激派のほうの同行は部長さんにお願いしていますので、貴方はターゲットだけに集中してください」
 いつも通りのお仕事、急げば早くアーニャさんの元へ戻れそうです。と置いてきた娘のことを自然と心配してしまい、咄嗟に店長に悟られているのではと少しだけ顔色を窺ってしまった。
「わかりました、すぐに接客に伺います」
「世間では今日はクリスマスです。浮かれる気持ちはわかりますが気を引き締めてお願いします。この世界が美しくあり続けるために」
 正直、この世界のためと言われても未だにピンと来ていない。しかし弟のために始めたこの仕事、今では大切な家族のためにと誇れるようになった。大切な人のためにという気持ちは今も昔も変わらない。私はそのために“いばら姫”になっただから。

 


「ジじじのいえ、なにもなくてつまらん」
 どこもクリスマス特集ばかりでさほど面白くもないテレビを見ながらアーニャは溜息をついた。これならちちかははのしごとにこっそりついていけばよかった、と少々悔んでいる。
「そう言われてもなぁ、ジジィとババァに家だからの…あ、そのチキンうまそう」
「チキンと言えば、今日は家でクリスマスパーティするのかい?」
「うい!ちちがごちそうつくってくれる、はははケーキかってくる」
「それは楽しみだねぇ」
 アーニャとバーバラがご馳走の話で盛り上がっているなか、ジークムントはテレビを見ながら何かもごもごと呟き、そうかと思うと、急に公園にでも行くか、と言い出した。
 いい天気だし、と付け加えるように言うと、ゆったりと腰かけていた椅子から立ち上がった。
「ダメですよジーさん、また迷子になったらどうするんですか」
「アーニャいるからだいじょぶ、ちゃんとジじじつれてかえってくる!」
「だそうだ、なに心配いらん」
「いえ、心配だから私も一緒に行きます。せっかくだから市場にも行ってみようか、クリスマスだから何か美味しいものがあるかもしれないね」
「なんだかデートみたいでわくわくするな」
「ふふ、ジーさんったら」
 2人のイチャイチャっぷりにまだ慣れていないアーニャは思わずゲップと息を吐いた。

 


 街はクリスマス仕様になっており、イルミネーションや飾りで店や街路樹が彩られていた。
「街がチカチカしてる」
「クリスマスですからね」
「ジじじ、それこのまえもいってた」
公園に向かう途中にある市場では、今夜どこかの夕食を彩るであろうチキンやローストビーフなどがずらりと並んでいた。
「可哀想に、あんなにこんがりと焼かれてしまって…でも美味しそう、チキン食べたいな」
「じゃ今夜はチキンにでもしますか、帰りに買っていきましょう」
「アーニャんちもチキンたべる!」
「それはいいな、あとはバーさんの作るグラタンも美味しい、グラタンと暖かいスープ…そうだ、チキンも買って行こう」
 それさっきバばばがいった、と言おうとしたが、どこからか流れてきた美味しそうな匂いにつられ、アーニャはふらりと足を躍らせた。
美味しそうな匂いの元はピザ屋で、店頭では焼きあがったピザの匂いとその奥に見える石窯の暖かさについ足を止めてしまった。少し焦げたチーズや、トマトの香ばしい匂い、想像しただけでよだれがでそうだ。
「ピザも美味しそうだね、うちで作るのはちょっと難しいかしら」
 いつの間にか横に立っていたバーバラも、ピザにしようか、いやジーさんはチキンと言っていたし…とピザの誘惑と戦っているようだ。
「ねぇジーさん、ピザはどうですかねぇ…ジーさん?」
 先ほどまで一緒にいたはずなのに、辺りを見渡してもジークムントの姿は見えなかった。
「ジじじまたまいご⁉」
「あら困ったわねぇ、どこ行っちゃったのかしら」
 暖かかったピザ屋の前を離れ、アーニャたちはジークムントを探した。先に行ってしまったのかと市場を抜けて公園へ向かったがジークムントの姿は無かった。
「まったくジーさんはどこに行ったのかしら」
 いつも座っているベンチにも姿はなく、アーニャはアスレチックからジークムントを探した。
「ジじじー!ジじじーどこだー!もしかしてジじじはこのもっとさきにすすんだのかも!よし、アーニャもさきにすすもう!このあすれちっくはとらっぷがおおい、もしかしたらジじじはもう…おっと、このぐらぐらトラップはジじじはわたれない!きっとここで…」
「なんだか楽しそうだねぇ、さて、公園には居なさそうだし市場の方に戻ってみますか。お嬢ちゃん、ジーさんを探しに市場の方へ行こうと思うのだけど…」
「うい、アーニャはここであそんで…ジじじさがしてる!」
 今完全に遊ぶって言ったよね?とバーバラ首をかしげたが、まぁいいかと市場の方へ歩いていった。それからどれくらい経ったのか、アーニャはベンチの前で立ち尽くしていた。
「バばばもきえた!まさかバばばもまいご⁉」
 アーニャ一人で家に帰ることはできるが、公園に行きたいと言った手前2人を置き去りにして帰ることはできなかった。
「もしアーニャのせいでジじじとバばばがもどらなかったら、ちちとははにおこられる…きっとアーニャもう一人でおるすばんさせてもらえなくなる。そしたらこっそりちちとははのおてつだいもできない!アーニャすぱいできなくなる!」
 そしたらきっとすぐせかいへいわおわる…と絶望した様子で目の前のベンチを見つめる。
終わらせないためには、ジークムントとバーバラを見つけ出し家に帰らなければならない。今日はクリスマス、きっとロイドもヨルも夕飯のパーティーまでには戻ってくるだろう。美味しいディナーもケーキも食べたい、となると…
「たいむりみっとはよるごはんまで…!」
 アーニャはまだ読めない公園の時計を見つめたあと、市場に向かって走り出した。

 


 廃ビルのとある一室、ロイドの足元には過激派のメンバーが転がっていた。
突入して5分で制圧し爆弾も確保できた。やはりハンドラーの予想通りほぼ素人同然の者が多く捕えることは容易だった。思ったより早く帰れるかもしれないと時計を確認する。
「ハッ、これで終わったと思ってるなら随分お花畑な脳みそだな、俺たちが捕まってもまだテロは続いている!」
 開き直ったかのように主張する過激派の一人を見下ろすロイドに、仲間の一人が耳打ちをした。
「なに、爆弾が足りないだと?」
「あぁ、偵察班が目撃した量と情報班が調べた裏ルートの爆弾の量は一致している。しかしここにある爆弾は約3分しかない」
「となると残りの爆弾は別のところにあるか、すでに仕掛けられたか」
 この男が余裕の表情を浮かべていたのがそのせいか。ロイドは男の髪をひっぱり壁に打ち付け、そのまま銃口を向けた。
「残りの爆弾のありかを言え、10秒だけ待ってやる」
「誰が言うかよ!例え殺されたって言わねぇ!こんな生ぬるい世界ぶっ壊しちまった方がいいんだよ!」
 パンッ!という銃声と共に男の悲鳴が響き、男の肩からは血がにじみ出ていた。
「殺しはしない、しかし殺してほしいと思わせることはできるぞ」
歯を食いしばった口から苦痛の叫びが漏れ出ているが、それでも男は口を割ろうとしなかった。
「俺たちは戦争を望んでるわけじゃない、でもこの国を恨んではいる!だからこの国を陸の孤島にし苦しめてやるんだ!その時虐げられるのは弱者だ!そして弱者が目を向けるのはこの国の中枢!自国の民から攻撃され転覆する様を見せてやる!アハハハハ!」
この男の意思は固い、このままここで待っても言う可能性は低いだろう。爆弾が仕掛けられている可能性を考えると悠長にしている時間はない。ロイドは他の者に尋問を任せ、仲間と共に残りの爆弾を探しに行く。
 しかし他のアジトを探しても爆弾は見つからなかった。ロイドは爆弾がすでにどこかに仕掛けられている可能性を示唆する。
「仕掛けられていると言っても東国<オスタニア>のどこに仕掛けられているか検討もつかない。探すにしてもこれでは埒が明かないな。尋問班から何か連絡はないのか」
「いやなにも、相手も結構頑固みたいだな」
 となると残りは相手の言動から読み解くしかない。敵メンバーの年齢、構成、これまでの行動パターンから思考を探る。
「アイツらの目的は戦争ではないと言っていたな、この国を恨んでいると…この国を陸の孤島に…まさか!交通網を破壊するつもりか⁉」
「どういうことだ?」
「奴らはここを陸の孤島にすると言っていた、つまり交通網を破壊し物理的に交流できなくさせようとしているんだ!となると爆弾は鉄道や主要な橋に仕掛けられている可能性が高い、情報班に奴らのこれまでの移動場所に駅や橋がないか調べさるんだ!俺たちは先に向かうぞ!」
 情報をもとに分析したが、もしこの推測が外れていたら大変なことになるな。まず間違いなく夕飯には間に合わない、アーニャとヨルさんには悪いことをしてしまうな…。
「ったく、クリスマスくらい大人しくしておけないのか」
 助手席に乗っている仲間は彩られた街中を見て思わず愚痴を吐いてしまう。
「クリスマスか…」
 それにつられるようにロイドもぽつりと声を漏らした。クリスマスは家族で過ごす大切な日、ずっと前からアーニャはすごく楽しみにしていた。パーティではチキンが食べたい、パイも食べたい、ビーフシチューも食べたいと、思いついたものを片っ端から言い苦笑したのを覚えている。
 今朝も珍しく早起きをしてパーティパーティとボンドとはしゃいでたな…。それがダメになたら、きっと駄々をこねてヨルさんを困らせるんだろうな、いやもしかしたら泣いてしまうかもしれない。子供を泣かせるなんて父親失格だな…。
 後日改めてパーティを催して機嫌を直してくれればいいが、あまりにショックを受けてグレてしまったり、このことを学校で言いふらされたりでもしたら…「なんてダメな父親なんだ!子供を悲しませるなんて父親失格だ!」と言われ、下手をすると二度とデズモンド家との対面を許されないかもしれない!
 あらゆるパターンを想定し、最悪のケースではこれまでの苦労が水の泡になり、オペレーションストリクス<梟>が頓挫するかもしれないと爆弾騒ぎ以上に焦る。
 アーニャを悲しませないためにも、オペレーションストリクス<梟>のためにも!必ず夕飯までに帰らなければ!

 


 絵画が飾られた廊下を進み突き当たった部屋には、中年太りした男性が机に向かって書類仕事をしているところだった。書類仕事に夢中になっているのか、それとも気配を消して忍び寄ったからか、まだ男性は部屋に入ってきた女性に気づいていない。
既に入ってしまったドアをコンコンと二回ノックすると、男性はよくやく顔を上げ、ドアの前に立っている見知らぬ女性に気が付いた。
「なんだお前は!いつの間に入ってきた!」
「さっきほどです。気づいていらっしゃらないようなのでノックしたのですが…」
 スーツを着た秘書が入ってくることはあっても、こんな露出した黒いドレスを来て執務室に入ってきたものなど過去には居なかった。
「何の用だ!秘書はどうした!」
「秘書さんならあちらで少し眠っていただきました。殺してはいないのでご安心ください」
「こ、殺すだと…」
 その言葉を聞き、ようやくこの女がただ者ではないということに気が付いた男性。どこかから差し向けられた殺し屋だということは想像がついた。急いで逃げようと目論むが、隙の無い立ち振る舞いをする目の前の女から逃げられるとは到底思えなかった。
「あなたが何をしたかは詳しくは知りません。しかしこの国に害を成すクソ野郎だと聞き及んでおります。ですので、その息の根、止めさせて頂きます」
 きらりとスティレットを構え獲物を見据えると、男性は慌ててヨルを制した。
「ま、待て!私が死んだら街に仕掛けた爆弾が爆発するぞ!」
「爆弾?」
「あぁ、過激派の連中がこの国を孤立させるために街のいたるところに爆弾を仕掛けた。爆破時間は決まっているが、私に万が一のことが起きたときにも爆破するように伝えてある。私との定時連絡が取れなかった途端、ドカンだ!」
 この方の言うことを真に受けてはなりませんが、しかしもしこれが本当だった場合、大変なことになってしまいます。
 このまま殺していいものかと少し考えた後、一息でターゲットの背後までジャンプしスティレットを男性の喉元に押し当てた。
「では爆破されないように対応してもらうしかありません。申し訳ありませんがもう少しお付き合いしていただきますね。まず過激派さんに連絡し爆破をやめるように伝えてください」
「そんなこと誰がするか!どうせその後私は殺されるんだ!」
 男は喉元にあてられたスティレットに恐怖はないのか、それとも恐怖でおかしくなったのか、喚き散らすように叫んだ。
「そうですか、ではどうすれば言う通りにしていただけますでしょう。あまり好きではありませんが、顔の皮を少しずつ剥ぎ取ったり、目玉や内臓を一つずつ取り出したり、時間をかけてゆっくり殺す方がいいでしょうか…」
 急いでいるのであまりこの方法は取りたくありませんが…と心の中でつぶやく。男性は顔を真っ青にすると先ほどの態度は一変した。
「わ、わかった!連絡を取るからそれだけは勘弁してくれぇ!爆破もさせないようにするから!他にもなんでも言うことを聞く!頼むから命だけは助けてくれ!」
 男性はすぐに受話器をとりどこかへ電話を掛けた。
「~~っ!なぜでない!一体何をしている!ほ、本当にこの番号なんだ!でもなぜか誰も出ないんだ!頼む信じてくれ!」
 嘘をついているようには見えませんが、となると困りました。この人を殺すことは簡単ですが、それでは爆弾の問題が解決しません。次の定時連絡を待ってその時に爆弾のありかを聞き出すか…しかしそれでは帰るのがいつになるかわかりません。まだ飾りつけのお花も買っていないのに…。
 男性のデスクの上の卓上のカレンダーと時計が置かれていた。この男にも何か予定があるのだろうか、今日の日にちに赤い丸が記されていた。
 クリスマスと言えば家族で過ごす大切なイベント。アーニャさんもとても楽しみにしていたので早く帰りたいのですが…。もしこの爆弾騒ぎが長引いてパーティに間に合わなかったらどうしましょう…私ったら母親失格です…。世間一般のお宅は知りませんが、もしかしてクリスマスパーティーに参加していない母親は秘密警察に逮捕されてしまったりするのでしょうか?あわわわ、大変です!そんなことになったらお仕事が続けられませんし、アーニャさんやロイドさんにもご迷惑をかけてしまいます!何が何でもお夕飯までに帰らなければなりません!
 ヨルがスティレットを強く握りなおすと、男に首から赤い血が一筋流れた。

 


 市場は夕飯の買い出しをする人たちでさっきより賑わっており、この人混みの中小さいアーニャが人を探し出すのは困難を極めた。
「すみません、このへんでジじじとバばばみませんでしたか」
「ん?おじいさんとおばあさんかい?んー沢山人が通るからね、ちょっとわかんないかな」
 何か特徴がわかればいいけど…と親切な店主は頭を悩ませる。特徴と言われてもただのジじじだし、ただのバばばだ。杖をついていたりメガネをかけているが、そんな老人なんてそこら辺にいる。
ちからつかってもジじじとバばばどこにいるかわかんない…みんなごはんのことばっかり。
バーバラの方はまだしも、ジークムントの方は若干行動が読めない節がある。もしかしたらもう家に帰ってるかもしれないと、アーニャは市場を探しながら自宅の方へ戻ることにした。
 するとその途中謎の人だかりを見つけた。耳を澄ませてみると何やら揉めているようだった。
「じいさん困るよ、金がないと売れないんだって」
「金ならバーさんが持ってる、ほらバーさん金を出してくれ」
「だからそのバーさんがどこにもいないじゃないか」
 ジじじいたーーー!
人だかりの中心にいたのは、お金がないのにチキンを買おうとしているジークムントだった。アーニャは人の間をすり抜けてジークムントの元までたどり着いた。
「おぉ、お嬢ちゃん、チキン食べるだろ?」
 アーニャの返答を待たずして店主にチキンを二つくれというが、また同じことを言われていた。
「ジじじ、バばばがいなくなった」
「なんだと!バーさん迷子か!こんなことしておれん、探しに行くぞ!」
 なんとかチキンのお店からジークムントを引きはがすことに成功したが、今度はズンズンと先へ歩いていってしまった。
「おーい、どこだバーさん、バーさん!」
「ジじじ、それごみばこ」
「バーさん!バーさんや!」
「ジじじ、つぼのなかにバばばいないとおもう」
 真面目に探しているのかいないのか、まったく見当違いの場所をふらふらと進んでしまいバーバラの捜索は難航した。
アーニャはジークムントに振り回されもうヘロヘロになっていると、急にジークムントは立ち止まった。
「腹減った、帰ろう」
「え!バばばさがさないのか⁉」
「きっとバーさんも腹を空かせて帰ってるかもしれない、ほらチキン食べたいし。そうだ、チキン買って行こう」
 ジじじおかねもってないからチキンかえなかったの、もうわすれてる!
アーニャはジークムントの物忘れのすごさにある意味凄いと驚愕した。その後行きに通ったチキンのお店の前までやってきた。このまま進めば市場は抜けられるという頃、アーニャはチキンのお店の前でバーバラを見つけた。
「ジじじ!バばばいた!」
「おー!愛しのバーバラ!もう会えないかと思ったぞ!」
「何言ってるんですか、ジーさんがいなくなったから探してたんですよ。ほらチキン買いましたからもう帰りましょう」
 これでやっと家に帰れると安堵したアーニャだったが、日はすでに傾き、夕飯の時間はジリジリと迫ってきていた。
「ジじじ、バばば!いそいでかえろう!」
「そんなに急いでチキンが食べたくなったのか?このチキンはやらんぞ」
「お腹すいたのかね、急いで帰ろうか」
 そういうバーバラだったが、歩くスピードは一向に速くならない。アーニャは今すぐにでも駆け出したい気持ちを持て余していた。
 ジじじとバばばあるくのおそい!これじゃおゆうはんにまにあわないかも!アーニャのパーティが!せかいへいわが!
 焦るアーニャは駆け足をしながらぐるぐると夫妻の周りをぐるぐると駆け回る。その姿を、元気だねえ言いながら夫妻はのほほんと歩いた。

 


 バーリンドに架かる主要の橋は二つ、ロイドたちはそのうちの一つの橋に来ていた。
 橋に爆弾を仕掛けたとなると目立たない橋の裏しかない。遠めだが、橋の支柱にそれらしいものを目視できた。予想が当たり少し安堵するが、問題は爆弾の撤去だ。こんな人目の多い時間帯に橋の下で何かしていたら下手すれば通報されてしまう。さらに今から船を用意して橋の下に入り込むとなると時間がかかる、その間に爆破されてしまう可能性もある。橋が爆破されると、橋を通過していう人たちの命ももちろんだが、物流に大きな影響を及ぼす。
「尋問班から連絡があった、どうやら爆弾の場所はお前さんの予想通りらしい。駅に向かった班からも爆発物を見つけたと連絡があった。しかし爆破時間は午後5時、あと40分しかないぞ」
 もしこの橋と同様に駅ともう一つの橋も破壊された場合、バーリンとは他所からの食料や物資を受けとれない。文字通り陸の孤島になったバーリントは、限られた物資を求めてパニックを起こすだろう。またここまで被害を及ぼした犯人が西国<ウィスタリス>側のものだと判断されてしまった場合、せっかく納まった戦火が再び燃え広がることになりかねない。
 絶対に避けねばならないとロイドは脳をフル回転させどうにかして迅速に爆弾を撤去できないかと考える。
あと40分では船が間に合わない、他に解体する方法は…。
「俺が橋から降下して爆弾を解体する」
 ロイドの言葉に一緒にいた仲間は困惑した。なんと橋から降下して支柱にハーケンひっかけ体を固定し、宙吊りのまま爆弾を解体するというのだ。
「そんな不安定な状態で解体できるわけがないだろう!それにハーケンで体を固定といっても仮止め程度だ、ちょっとした拍子に外れてしまったら解体に影響が出る!大人しく船が来るまで待つしかない!」
 仲間が止める気持ちはわかるが時間がないのだ。このまま船を待っている間に爆破してしまったら国の一大事。さらに夕食に間に合わなくなれば、それはオペレーションストリクス<梟>の一大事につながる、一か八かでもやるしかないのだ。
ロイドは仲間の静止を振り切り、車のトランクからハーネスを準備する。体に装着すると仲間と共に支柱の真上に当たるところまでやってきた。1人は降下を手伝い、もう1人は周囲を警戒しながら不振に思われないよう対処する役割だ。
ロイドは順調に降下し爆弾の目の前に到着した。ハーケンを柱に打ち付け体を軽く固定し、いよいよ爆弾と対面する。
「やはりこのタイプの爆弾か、解体はさほど難しくないがこの揺れのなか無事にできるか…」
 橋の下を風が吹き抜けロイドの体を揺らす、時折足で支柱を強くしがみつきどうにか作業を進めた。
 無事に爆弾を解体し終わり車へ戻ると、駅へ向かった班から爆弾を解体したと連絡があった。もう一つの橋の解体は時間がかかっているようだが、そちらは早く船が到着したので問題なく進みそうだという。また過激派のメンバーを尋問した結果どうやら雇った大物政治家の名前も吐かせたらしい。
 ロイドたちは無事に任務を終え報告のため本部へ戻ろうと車を走らせていたが、市場の辺りで急に車が止まった。ロイドはどうしたんだと運転していた仲間に問う。
「お前はここで降りろ。今日クリスマスだろ、夕飯がどうとか言ってたじゃねぇか、ハンドラーへの報告は俺たちがしておくからよ」
「しかしもしもう一方の橋の方で問題が起きたら…」
「その時は俺たちだけで対処する、それくらいお前さんがいなくても何とかなるわ。それに、ハンドラー風にいうなら、クリスマスパーティーも大事な任務だろ。その役目の変わりは居ないんだ」
「ありがとうございます。必ず任務を成し遂げてみせます」
 髭を生やした仲間は、さっさと行けと手をひらひらさせた。車を降りたロイドは時計を確認し、夕飯までの準備を逆算した。今から食材を買って自宅に戻り調理をする。ヨルさんとアーニャが待ちくたびれているだろうから遅刻はできない。過激派を捕え爆弾の処理すらも成し遂げた黄昏の、新たな任務が始まった。
 夕飯までは1時間と少し、食材の買い出しと調理に盛り付け、完璧に仕上げるには少し時間が足りないが、間に合わせてみせる!

 


 男の喉元から流れ出た血はワイシャツに付着し、醜く滲んでいた。
 しかし困りましたね、爆弾を仕掛けたという過激派の方々と連絡がつかないと、爆弾がどこに設置されていているのかわかりません。爆弾処理の方は私の仕事ではありませんが、アーニャさんやロイドさん、ユーリや街の人々に危険が及ぶことは避けたいです。この男を始末すればすぐにでもアーニャさんの元へ戻れるのに…とヨルは頭を悩ませていた。
「電話がつながらないんじゃどうしようもできない!頼む!命だけは見逃してくれ!」
「それがあなたの演技という可能性もありますよね。どちらにしても見逃すという選択肢はありません。苦しまず死ぬか、苦しんで死ぬかの二つです」
 男性はヨルの殺気にあてられ今にも失禁しそうだ。その時、ジリジリと電話が鳴り響き、男はヨルに促され電話に出た。
「も、もしもし…なに!拠点が潰されただと⁉メンバーも全員捕まった…お、おい!爆弾はどうなった!今すぐ爆破を中止しろ!時限爆弾だかなんだか知らんがいいからすべて回収しろ!いいな!」
 顔の皮を剝がされるのも、目玉をくりぬかれるのも、内臓を出されるのも絶対に嫌だ。責めて苦しまずに死にたいと、男性は必死に電話の主に言った。
「よくわからんが過激派のメンバーが捕まったらしい、残った奴に爆弾を止めるようには言ったからもう大丈夫だ!頼む!俺はここまでしたんだ!もういいだろう!」
 過激派のメンバーを捕えたのはガーデンでしょうか、それとも秘密警察?わかりませんが、この男は爆弾についてはなにも知らないようですしもう用済みですね。
 ヨルはカチャリとスティレットを構え直すと男性に向かって静かに答えた。
「はい、では約束通り苦しまないように殺して差し上げます」
 シュッと静かな音が聞こえたあと、勢いよく血しぶきが虹を描いた。
「背後から切ったので返り血はありませんね。さて、ガーデンに連絡をして、一応爆弾のことも報告しておきましょう。あ、大変です!もうこんな時間!アーニャさんをオーセン夫妻に預けたままですし、お花とケーキも買って行かないとです!アーニャさん待ちくたびれていますでしょうか」
良き妻として、良き母親として、この大切な家族で居続けるために。何としてもクリスマスパーティーに間に合わなければ!

 


 チキンのぬくもりを抱えながら、アーニャとオーセン夫妻はようやく家に帰ることができた。
「チキン美味しそうだな、暖かくてつやつやしてる…まるでバーバラの肌みたいだ」
「あらやだジーさんったら」
なんとかははもどってくるまえにかえってこれた…このふたりとでかけるのもうやめる。
 椅子に倒れ込むアーニャを見て、バーバラは思い出したようにキッチンへ向かった。
「そういえばおやつを食べ損ねていたわね、フォージャーさんがくれたお菓子を食べようか」
「バばば、アーニャココアがいい」
 お菓子と聞いて体を起こしたアーニャは、テーブルへ座ると我が物顔でバーバラにココアを頼んだ。しかしこの家にココアはなく、バーバラが紅茶でもいいかいと聞くと、ジークムントはココア買ってこようかなと再び玄関へ向かった。
 アーニャはこれ以上面倒ごとはごめんだと、急いでジークムントを止めた。
「アーニャみずでだいじょぶ!だからジじじはいえにいて!」
「そうか?それじゃ水を買ってこよう」
ジーさん、水なら買わなくてもありますから」
 いつもならお菓子にがっつくアーニャだが、あまりの疲労感にふぅ~とため息をつきオーセン夫妻と同じペースでゆっくりとお菓子を味わっていた。

 お菓子を食べ終わってあまり興味のないテレビを見ていたころ、訪問者を知らせるチャイムが鳴った。すぐにヨルだとわかったアーニャは、ははだ!と玄関まで走っていった。
「遅くなってすみませんアーニャさん、オーセン夫妻もありがとうございました」
「いいえ、とても楽しかったわ」
「これ、よろしければ召し上がってください」
ヨルは持っていた小さいほうの箱をバーバラに渡した。
「ケーキ!」
「何がお好きかわからなかったので、一番人気だというイチゴショートにしました」
「あらまぁ、お菓子までもらったのになんだか悪いわねぇ」
「バばばだけずるい!アーニャもケーキたべたい!」
「アーニャさんのぶんはこちらにありますから大丈夫ですよ」
 それを聞いたアーニャはすぐにでも帰ろうとヨルを催促する。
「ジじじとバばば、またな!」
「えぇ、またいつでも遊びに来てね」
「腹を出して寝るなよ」
「本当にありがとうございました。それでは失礼します」
アーニャとヨルが帰るのを見送ると、バーバラはキッチンへ向かった。
「どうしたんだバーさん、なんだか嬉しそうだな」
「えぇ、今日はとても素敵なクリスマスだと思いましてね。ジーさん、ケーキ食べます?」
「食べようかの」

 


 その少し前、フォージャー家のキッチンで奮闘している男がいた。
 昨日仕込んだ牛肉は両面をこんがりと焼いてビーフシチューに、チキンのローストはあと20分。その間にサラダの用意と前菜となる軽いつまみを何品か用意する。冷蔵庫に生ハムがあったのは昨日確認済みだ、それとさっき買ってきたトマトとチーズでカプレーゼを…。
 脳をフル回転させ、四肢を休むことなく動かし続けるフォージャー家のシェフ、いやロイドのだ。夕飯までに間に合うかどうかの勝負ではあったが、正直今の状況に安堵していた。なぜなら、ヨルとアーニャがいてはこんな並外れたスピードで調理しているところを見せられないからだ。
 あの時市場の前で下ろしてもらえて助かったな、あのまま本部へ行ってハンドラーに報告していたら完全に間に合わなかっただろう。しかしまだ油断はできない!あと10分ですべてを終わらせなければ!くそっ!チキンの焼きあがりは間に合うのか⁉落ち着け黄昏、ここで焦ってはミスにつながってしまう。前菜よし、サラダよし、ビーフシチューよし、チキンは焼けるのを待つだけで、ケーキはヨルさんが買ってきてくれることになっている。これで完璧じゃないか?…しまった!バゲッドを買い忘れている!なんてことだ!今から買いに行くか⁉いや今から行ってもこの時間じゃパン屋は閉まっているか売り切れているかもしれない!どうする!自分で焼くことは可能だが余計に時間がかかってしまう!あとバゲッドさえあればすべて完璧なのに!考えろ、そして決断するんだ黄昏!
……今から買いに行くしかない!
 身に着けていたエプロンを脱ぎ棄てると、ロイドは財布を握りしめ再び市場へと走って行った。

 


「ただいま戻りました」
「お帰りなさいヨルさん」
「ちちー!ケーキかってきた!」
ロイドは切り分けたバゲットを食卓に置き、帰ってきた二人を出迎えた。バゲッドを抱えて怪しまれない程度に速足に、人目がなくなった途端全力で走り、ほんの数分前に到着したところだ。
なんとか間に合った…急な呼び出しで過激派の爆破テロと聞いたときはどうなることかと思ったが、無事にクリスマスパーティにも間に合ったし、これで良き父親としての任務は完了だな。
「そうか、それじゃちょうど夕食もできたし、パーティを始めるとするか」
 ヨルはキッチンにケーキを置くと、持っていた花を花瓶に生け食卓に飾った。ケーキをもって走ってしまうときっと原型もとどめていないだろうし、お花もすべて散ってしまう。そのためケーキと花を買ってからは両方の安全を見ながら競歩で帰宅した。
なんとか間に合ってよかったです、これで私も普通の良き母親となれているでしょうか。とりあえず秘密警察に逮捕されずに済みそうですね。
 ばくはてろ⁉ひみつけいさつ⁉ちちとはは、なんだかすごいことしてきた⁉アーニャもジじじとバばばさがすのたいへんだったけど、ちゃんとみっしょんせいこうした。これでせかいのへいわはまもられた!かぞくみんなでクリスマスパーティ、アーニャうれしい!
「それでは、乾杯しましょうか」
「はい、メリークリスマス」
「めりーくりすます!」
カチン、とグラスを交えて乾杯の美酒を味わう、今日の怒涛の一日を思い出すと、酒も余計に美味しく感じるというものだ。
 今日一日の自分を労うとともに、ロイドとヨルは来年は絶対に仕事を入れないでもらおうと、固く決めた。