ーあらすじー
バレンタインのお返しをするべきかしないべきかと悩むダミアン
毎年数えきれないほどのチョコを貰っていたが、お返しをしたことなんて今まで一度も無かった。
しかしアーニャからのチョコは本気の本命チョコだと思っているため、お返しをしないのはデズモンド家の恥なのではとも思っている…
お返しの品は何がいいか、それすらもわからずに悩むダミアンの可愛らしい葛藤を描く。
別作品『アーニャのバレンタインミッション!』のセット小説です。
そちらを先に読んでいただけるとより面白く感じていただけると思います。
※昨年書いた過去作の修正版です
♢ ♢ ♢
それはホワイトデー 一週間前のある昼食時のこと。
なんで俺様がこんなことで頭を抱えないといけないんだ!相手はあのちんちくりんだぞ!しかもあと一週間しかないって言うのにくそぉ!
ダミアンの珍しく荒れた姿に思わずエミールとユーインは声をかけた。
「どうしたんですかダミアン様?ご飯進んでいませんけど…」
「お腹でも痛いんですか?」
本日のAランチ“国産牛フィレ肉のポワレ 季節の温野菜とマスタードソース“を食べる手を止めて、何やら難しそうな顔をしているダミアンを不思議そうに見つめる。
そもそもだ!あいつにお返しをする必要なんてあるのか?毎年数えきれないほどのチョコを貰っているけど、お返しをしたことなんて今まで一度も無いんだ!あいつにだけわざわざお返しを用意する必要なんてないだろ!
そうだそうだ!と自身に言い聞かせ、肉を頬張るダミアン。その様子を友人たちはキョトンと眺めていた。
でもあの日、アイツはあそこまでして俺にチョコを渡してくれたんだ…、学校に持ってくるなんてリスクを犯して、寒い中ずっと待ち続けて…郵便で送りつけてくる他のやつらとは違った…。
半ばボーっとしながら皿の上の野菜にフォークを刺し口に運ぶ。
それに、アイツのチョコは本気のチョコって言ってたからな、それって…つ、つまり本命ってことだろ?あいつ…俺のことす…うっ!
「大丈夫ですかダミアン様!」
喉に詰まらせたのか、胸をドンドンと叩きながら水を一気に飲み干す。
「さっきからおかしいですよ、ダミアンさま」
「ゴホッ!ゴホッ!…だ、大丈夫だ…」
そんな本気の気持ちにお返ししなかったら、デズモンド家の品位を疑われる…!そうだ、俺様の格を見せつけるためにもちゃんとしたお返しを用意してやる!これはアイツのためなんかじゃない!俺様のためだからな!
ところで、お返しをすると決めたのはいいが、何をあげればいいんだ?アイツの欲しい物なんて知らないし、好みだって知らねぇぞ…だからって本人に聞くわけにもいかないし、ブラックベルなら何か知ってそうだけど、アイツに聞くのだけは絶対に嫌だ…。
大人びた恋愛ドラマが大好きなベッキーにアーニャの好きなものなどを聞いた日には、ニヤニヤとからかわれるのが目に見えていたからだ。
ここは信頼のおける友人に聞いてみるのがいいだろうと、隣に座っている2人に声を掛ける。
「なぁ、お前らだったらホワイトデーのプレゼントは何を渡す?」
「急にどうしたんですか?」
「ダミアン様、誰かにプレゼントするんですか?」
「ち、ちげぇよ!ただちょっと聞いてみただけだっつーの!」
友人には素直なダミアンでも、こればかりは隠し通したいらしい。
「んーそうですねー…相手が誰かにもよりますけど、アクセサリーやハンカチ、あと去年おばあ様には日傘をプレゼントしました!」
「俺はやっぱり美味しい物を送ります!美味い物はみんな喜びますから!」
んーアイツにアクセサリーなんて似合わねぇし、ハンカチってのもなんかイマイチだな。美味い物…庶民が喜びそうな美味い物って言ったら、やっぱりキャビアとかフォアグラとかか?
「あとは無難にお菓子ですかね。誰にでも喜ばれますし」
なるほど、菓子はいいかもな。菓子なら何でも喜んで食いそうだし。
「お前ら、サンキューな!」
悩みが解決してスッキリとした表情のダミアンに、エミールとユーインはきょとんと顔を見合わせた。
とある休日、お返しのお菓子を求めて、近くの高級デパートにやってきた。
「見事にホワイトデー一色だな、これじゃ余計に迷っちまうじゃねぇか」
売り場のお菓子や小物、アクセサリーから服やカバンに至るまで、白を基調とした装飾で美しく彩られていた。
「わざわざ俺様が出向いて買って来てやってるんだ、あっと言わせるようなものを選んでやる!」
煌びやかなアクセサリーや婦人服売り場を抜けた先には、美しいお菓子で溢れていた。
みずみずしいフルーツが彩られたケーキや繊細な飴細工、可愛らしいクッキーなど、すべて超一流パティシエによって作られたものだ。
「豪華なケーキや派手な飴細工がいいけど、そんなもん持って行けねぇからな。小さいお菓子だと…マカロンとか焼き菓子辺りが無難か?いやだから無難じゃなくてあっと言わせるようなものをだな…小さくてあっと言うもの、小さくてあっと言うもの…」
自分に課した条件の難しさに頭を抱えていると、突然女性スタッフが話しかけて来た。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
ダミアンが居た店のスタッフと思わしき女性は、膝を折り目線を合わせるようにして問いかける。
「えっと…ホワイトデーのお菓子を…」
「ホワイトデーのプレゼントですね、お相手はどういったお方でしょうか」
「あ、相手?相手は…その…」
アイツは俺の何なんだ⁉と、友達じゃねぇし…ただのムカつく奴というか、アホでちんちくりんで短足で、それから…
「た、ただの…クラスメイト…」
「それでしたら、こちらの焼き菓子やキャンディーなどの詰め合わせセットはいかがでしょうか。種類も豊富ですので、お好みの物をお選びいただけます」
詰め合わせは見た目も可愛くいろいろ入っててアイツも喜んでくれると思った。しかしあまりにも無難というか、即決できるようなものではなかった。
そんな俺の心中に気付いたのか、女性スタッフは店内の他の商品もご覧くださいと促した。
そう言われて可愛らしい店内見て回っていると、壁に貼ってある張り紙が目についた。
なんだこれ…『ホワイトデーにあげるお菓子で示すお返しの意味は?』あげるお菓子に意味なんてあったのか。えーっと…
・キャンディーの意味は、「あなたが好きです」
・マシュマロの意味は、「あなたが嫌いです」
・マドレーヌの意味は、「あなたともっと仲良くなりたい」
・マカロンの意味は、「あなたは特別な人」
・クッキーの意味は、「あなたとは友達のままで」
・キャラメルの意味は、「あなたといると安心する」
・バームクーヘンの意味は、「幸せが長く続きますように」
こ、こんな意味があったのか…キャンティーはあなたがす、すす、すきです⁉マシュマロはお返しにしてはダメだろう、マカロンもキャラメルも…!あぁぁぁ!何あげたらいいか余計にわかんなくなったぁぁぁああ!
赤面し悶えるダミアンの元に、先ほどの女性スタッフが再び声をかけた。
「どれが気になる物はありましたでしょうか?」
「い、いえ、えっと…ちょ、ちょっとやめておきますーー!」
その場を逃げるように走って行ったダミアンを、女性スタッフは不思議そうに見送った。
結局何も買うことなく店を出て来てしまい、自分がどれだけ難易度の高い壁にぶち当たっているかを実感した。
こんなんじゃ下手に菓子なんて渡せねぇ…まぁアイツのことだから意味なんて知らないだろうけど万が一ってことがあるだろ!もし変な意味で取られたら困るかなら!
それよりなんで俺様がアイツのためにこんなに悩まなくちゃいけないんだ、貴重な休日を使って来たっていうのに…あーなんか疲れたし、もう帰るか。
あの日、デパートでお菓子を買うことが出来なかったダミアンは、結局お返しを用意できないままホワイトデー当日を迎えてしまった。
あれからいろいろ考えたけどどれもパッとしなくて…結局手ぶらで来ちまった。ああぁぁぁどうすんだよ!いやどうもこうも無い物は無いんだ!しょうがないだろ!
少し暖かくなってきた穏やかな天気とは裏腹に、ダミアンの心中は酷く荒れていた。
そもそも俺がアイツにお返しをあげる必要なんてないんだ!一応貰ってやったが、別にお礼をしないといけない決まりが無いからな!
足を進むにつれて教室が近づき、アーニャの顔を思い浮かべてしまう。
「おはようございます」
「…おはようございます」
それにバレンタインほどじゃないけど教師の目だってあるんだぞ、そんなリスクを犯してまで持ってこれるかよ。…そう思うとアイツどうやって持ってきたんだ?ある意味凄くないか?
アーニャの偉業に謎の感心を抱いていると、突然背後から声をかけられた。
「じなん、おはやいます!」
「うわっ!お、お前急に話しかけんなよな…!」
今一番会いたくない時に限ってどうして会うんだよ!お返しの催促とかされないよな?どうする…とりあえず今は逃げるしかない…!
「じゃ、俺は先に行くからな!」
何も持っていないということに多少の罪悪感を抱いていたダミアンはアーニャと目を会わすこともなく、そう言い終わるまえにはもう走り去っていた。
ガーン!なぜかにげられた、なんで?アーニャなんかやらかした?
ダミアンの可笑しな挙動のせいで、要らぬ勘違いをしてしまったアーニャは必死に頭を巡らせる。
どうしよう、あやまったほうがいいのかな…でもなにあやまるかわかんないし…じなんにちょくせつきいてみる?
ダミアンと不仲になればプランBが台無しになってしまうことを危惧したアーニャは、ロイドから教わった「こじれる前にすぐに謝った方がいい」という言葉を思い出しすぐに走り出した。
「じなんまってー」
「な、なんで追いかけてくるんだよ!」
「アーニャ、おまえにききたいことがーー」
「こっちくんなって!」
アーニャに何を聞かれるのかと疑問にも思ったが、それよりも反射的に逃げる方が先だった。
「むっ!じなんなんでアーニャからにげる!」
「に、逃げてねぇし!お前が追いかけるからだろうが!」
「じなんがにげなければいい!」
「だから逃げてねぇつーの!」
2人はそのまま言い合いながら教室を目指して走る。その光景は清々しい朝のイーデン校の中ではかなり目立つもので、教室の前で待ち構えていたヘンダーソン先生に「ノット・エレガント!」とお叱りの言葉を貰う羽目になった。
その後もアーニャは諦めることなく休み時間のたびにダミアンの元へ詰め寄ったが、ことごとく逃げられていた。
なんでそんなに追いかけて来るんだよ、まさかこいつ俺からお返しを待ってるのか⁉
なんでじなんにげる、よくわかんないけどはやくなかなおりしないとプランBが!せかいへいわのため!アーニャのため!
そんなに俺からのお返しが欲しかったのか⁉持ってこれるわけねぇだろバカ!
2人の見当違いな追いかけっこは、放課後まで続いた…。
「じなんどこいったー!」
アーニャの捜索から逃れるため、ダミアンは裏庭の花壇に身を隠す様にして隠れていた。
アイツいつまで追いかけてくるつもりだよ…隙を見て帰らないと、こんなことにいつまでも付き合っていられるかよ。
今日一日アーニャに追いかけまわされうんざりとしているダミアンは、もはや何故追いかけられているのかも忘れかけていた。
「バカバカしい、俺は帰るぞ!」
そう言って立ち上がるとスタスタと歩き出した。アーニャに追いかけまわされたせいでおやつを食べ損ねたが、エミールたちはまだ食堂にいるだろうかなどと考えながら歩いていたが、ふと足を止め隣に咲き誇る綺麗なバラに目を向けた。
やっぱり、こんなの俺らしくねぇ…お返しの意味とか、そんなくだらねぇことに囚われて自分の言いたいこともちゃんと言えないなんて、バカとしか言いようが無いだろ…。
自分の愚行に嫌気がさし、憤りを感じていた。そして踵を返すと、自分の名前を呼ぶ少女の声が聞こえる方に向かって歩き出した。
「あ!じなんみっけ!」
「いつからかくれんぼになってたんだよ、ていうかお前が見つけたんじゃなくて俺がお前を見つけたんだ」
どうゆことだと、きょとんと頭にはてなを浮かべているアーニャに近づき、ダミアンは後ろ手に持っていたものをアーニャに差し出した。
「これお前にやる、さっきそこで摘んだやつだけど、その…この前のチョコ、手作りのわりにはそこそこ美味かったぜ」
100%のうち何%の気持ちを表せただろうか、どれくらいの気持ちがアーニャに伝わっただろうか。恥ずかしい気持ちを必死に隠しながら、それでも精一杯自分の気持ちを伝えたつもりだった。
「きれいなバラ…でもなんでだ?」
「なんでって今日はホワイトデーだろうが、だからこの前のチョコのお返しだよ」
「ほわいとでー?チョコのおかえし?」
「まさかおまえホワイトデーを知らないのか?」
知らないと首を振る少女に衝撃の事実を突きつけられた。
「じゃぁ俺は何のために追いかけられてたんだ?」
「じなんがなんかおこってるみたいだったから、アーニャなんかやらかしたのかとおもって」
「嘘だろ…俺は今日一日無駄に走ってたってことかよ」
さっきまであんなに悩んでたのは何だったのかと、今日の行動が徒労だったことを悔やんだがもはやその思考すら無駄だと思えてしまっていた。
ダミアンが脱力したことなど気付きもしないアーニャは、ダミアンからの初めてのプレゼントに心躍らせていた。
「じなん、あざざます!アーニャおはなもらったのはじめて!」
自分を見つめるキラキラとした彼女の瞳がバラに向けられ、嬉しそうにはしゃぐ姿があまりにも眩しかった。
はは…なんだかバカらしくなってきた…いや、実際俺はバカだったんだ、最初から逃げたりしないでちゃんとコイツと向き合ってれば、こんなに遠回りすることも無かったのに…コイツばっかりに言わせるわけにはいかねぇな…。
すると意を決したようにアーニャを真っ直ぐと見つめた。
「バレンタインのチョコありがとな…、お前がそこまで本気だと思わなかったから、その…嬉しかったっつーか、俺もお前にお礼したかったんだ…。ほんとはお菓子とかお前の好きそうなものにしたかったけどいろいろあってダメになっちまって…そんなもんしか渡せなくて悪いな」
自分が今どんな顔をしているかなんて考える余裕もなかったが、時間がもう少し遅ければ夕日が自分の顔を隠してくれるのではないかと頭の片隅で思っていた。
「じなんがアーニャためにくれたものならなんでもうれしい!」
いつも通りの彼女の笑みに一瞬心がトクンと音が鳴ったように感じた。その不思議な感情はなんと言うのか、この時は知らないふりをした。
「そうか、それならよかった」
「うい!んじゃアーニャおはなさんかれるまえにかえる!またなじなん!」
「おう、またな!」
思いのほか自分の声が大きかったことに少し驚きながら、走り去る後ろ姿を見送った。
「さて、俺も帰るかな」
一呼吸つき、思わずほころんでしまった頬を必死に引き締めた。
「ちち!きょうはいいはなしがある!」
ロイドの帰りを待ちわびていたアーニャは、どうした?と興味の無さそうなロイドに誇らし気な表情を向けた。
「アーニャきょう、ほわいとでーでじなんからこれもらった!」
アーニャのいい話など大抵いい話では無いと内心思ってたロイドに、アーニャはニヤリとダミアンからもらったバラを見せつけた。
デズモンドからバラを?そうか、今日はホワイトデーだからこの前のチョコのお返しというわけか。正直お返しまで期待してはいなかったが、思ったより好感触だったようだな。
ここは素直に喜ぶべきところだと、アーニャの頭をポンポンと撫でた。
「よかったな、素敵なプレゼントじゃないか」
プランBじゅんちょうってちちにアピール!フッ、アーニャぬかりなし。
「うい!じゃアーニャあそんでくるー」
満足したのかさっさと部屋に戻って行くアーニャを見送ると、花瓶に飾られた一凛の白いバラに目を向けた。
白いバラの花言葉は、『純潔』『深い尊敬』それと『私はあなたにふさわしい』…まぁ小学生の男子児童が花言葉まで意図しているとは思えないが…。
アーニャの嬉しそうな表情を思い出し、自分が自然と父親らしい喜びを感じていたことに気づいたが…それは機密事項となった。
完