キャスパーの書庫

キャスパーです。 大好きなアニメの妄想モリモリの二次創作小説をぽつぽつと書いていこうと思います。 アニメ全般大好きなので、広く繋がっていけたらいいな。

アーニャのバレンタインミッション!

 

ーあらすじー

ダミアンにバレンタインチョコを渡すために、奮闘するアーニャとロイド
しかし学校にチョコを持って来てはいけないため、どうやってダミアンにチョコを渡すか…!
立ち塞がる規則!教師!一歩間違えればトニトの危機!
プランBのため!世界平和のため!
アーニャは難易度S級ミッションに挑む!

※昨年書いた過去作です

 

 

  ♢  ♢  ♢  

 

 

「そういえば、もうそろそろバレンタインね」
 今月から始まった期間限定のデザート、チョコプリンを上品に食べているベッキーが言った。
「ばれん…?」
「バレンタインよ。まさかアーニャちゃん知らないの?」
「しらない」
 目の前のチョコプリンにしか興味が無いのか、アーニャは食べる手を止めない。
「はぁ~…いいアーニャちゃん。バレンタインっていうのは、乙女にとって大事な一大イベントなのよ!好きな人にチョコを送る、一世一代の大勝負!」
 ベッキーはつい熱が入り、持っていたスプーンで宙を指した。
「すきなひとに、チョコ?」
「そうよ♡アーニャちゃん、アイツには渡さないの?」
 ニヤニヤと楽しそうな笑みを向けるベッキー
「アイツ?」
「ダミアンに決まってるでしょ♡距離を縮めるチャンスじゃない♡」
「べつにすきじゃない」
「またまたそんなこと言っちゃって♡ダミアンもアーニャちゃんからチョコもらったら、きっと喜ぶわよ♡」
(じなんにチョコあげるとよろこぶ→じなんとなかよくなれる→プランBだいせいこうする!?)
よくやったぞアーニャ!とロイドに褒められる場面を思い浮かべるアーニャに、ベッキーが悪意無く放つ。
「あ…でも学校にチョコ持ってくるのは禁止だったわね」
「え゛…」
 自分の発言で熱が冷めたのか、ベッキーは再びチョコプリンを食べ始めた。
「そりゃうちの学校はダメでしょ。当日は厳戒態勢で先生達が見回るって噂を聞いたことがあるわ。はぁ~、これが普通の学校だったら、好きな男子と目が合うけどお互いソワソワしちゃう感じとか、放課後や昼休みに呼び出してチョコを渡すドキドキな青春イベントが待っているのね♡」
 キラキラした目で遠くを見つめるベッキーとは対照的に、アーニャは動揺していた。
(チョコもってこれない→じなんにチョコわたせない→じなんとなかよくなれない…!なかよしさくせんダメだと、べんきょうがんばらなきゃいけなくなる…!)
「どうしよう…じなんにチョコわたせないと、アーニャぴんち…」
チョコプリンを食べ終えて満足そうなベッキーはスプーンを置いた。
「ピンチなんて大袈裟ね。でもチョコのように甘くとろけるような思いを伝えたいっていうアーニャちゃんの気持ちはよくわかるわ♡」
ベッキー、ぜんぜんちがう…)
「チョコを渡す方法も考えなきゃだけど、どんなチョコにするかダミアンの好みも知っておかないとね、それとなく聞いてみたら?」

 


 昼食を終えた生徒達の過ごし方は様々だ。教室で過ごす者、廊下で雑談を楽しむ者、校庭で体を動かす者…その一角に、アーニャが探している人物はいた。
「エミール!こっちだ!」
「いきますよダミアン様っ!」
 エミールがサッカーボールを思いっきり蹴り、そのボールはダミアンの元へ。
「じなん」
「なんだよお前!邪魔すんなよ!」
「そうだそうだ!そこをどけ!」
 ダミアンのシュートを妨害しようと対面していたユーインが、ダミアンとアーニャの間に割って入る。しかし今更そんなことで臆すアーニャではない。
「じなんはどんなチョコがすきだ?」
「は?チョコ?なんだよ突然」
「いいからおしえろ」
「もしかしてお前、バレンタインにダミアン様にチョコを渡す気か!?」
 さりげなく聞く、というベッキーの助言はどこへ行ったのか。ストレートに聞いたアーニャの意図をその場で見抜いたユーイン。
(このさくせんがせいこうすれば…「やった!このチョコだいすきだったんだ!アーニャ、おまえをともだちとみとめて、いえにしょうたいしてやる!」っていうにちがいない!)
 悪役のような腹黒い笑みを浮かべるアーニャ。
「そんなもんいらねぇ」
「え…」
 アーニャの妄想は数秒で砕け散った。
「バレンタインは毎年大量にチョコが送られてくるんだよ、食いきれない程にな」
「ダミアン様はモテモテですからね!」
「え…じゃアーニャのチョコは…」
「ダミアン様が庶民のチョコなんて食べるわけないだろ!」
「身の程をわきまえろブース!」
(ガーン!アーニャのさくせん、おわった…)
「そんなことよりダミアン様!早く続きやりましょうよ!」
 というエミールの声に、あぁ…、と一度目を配るダミアン。
(もしかしてコイツ、本気で俺様にチョコを…まさか、本命チョコか!?いやいや、こんなちんちくりんからチョコもらったって別に嬉しくねぇーけど!で、でも…コイツの本命チョコほしぃ…って俺は何を言ってるんだ!)
悶々とするダミアンだったが、エミールとユーインが持ち場に戻ったのを確認するとアーニャに言った。
「お、おい!いらないとは言ったが!別にもらってやらないとは言ってないからな!」
 捨て台詞のように吐き捨てていったダミアンは、サッカーボール目掛けて走って行ってしまった。
(じなん、アーニャのほんきチョコほしいっていってた…!
チョコあげて、じなんとなかよくなるチャンス!)

 

 


「というわけで、アーニャチョコつくりたい」
「なるほど…」
 アーニャからの雑な説明を見事解読したロイドは、真剣な表情で思案していた。
(ダミアン・デズモンドがアーニャのチョコを欲しているというのは俄かに信じがたい情報だが、安易に無視することも出来ない…。それに、もしこの作戦が上手くいけば、ダミアン・デズモンドは少なからずアーニャに好意的な印象を持っているという確信にも繋がる!プランBが大きく進展するかもしれない!オペレーションストリクスを達成するため、何としてもこの作戦を成功させなければ…!)
「アーニャ、最高のチョコを作るぞ!」
「おー!」
(ちちほんきだせば、どんなミッションもよゆう…!アーニャはチョコわたすだけだかららくちん♪いしし)
ニヤリと笑みを浮かべているアーニャに、ロイドが問いかける。
「ところでアーニャ、学校にチョコを持っていってもいいのか?普段持ち物検査とか厳しいじゃないか」
「ダメってベッキーがいってた」
「…え?」
「とうじつはげんかいたいせい?っていってた」
「なん…だと…」
 その時ロイドの脳内では、一瞬にして何十通りものシュミレーションや計算が行われていた。
「ちち…だいじょぶか?」
(いや、今の情報だけで結論を出すのは早計すぎる。一度情報を集めてから再度計画を練り直す必要があるな…)
「アーニャ、お前に一つ聞いておくが…学校にチョコを持っていってはいけないんだな」
「う、うい」
 ロイドの絶望的な表情にうろたえるアーニャ。
「つまり、チョコを持っていったのがバレたら、お前も…恐らく受け取ったダミアン君もトニトを貰うことになるかもしれない…それでも渡したいのか?」
(オペレーションストリクスのことを考えればアーニャに有無を問わずチョコを渡させるべきなのだが…プランBはあくまで友好的な関係。アーニャ自身がその気になってくれなければ意味がない…)
(バレたら、アーニャもじなんもトニト…じなんにめいわくかけちゃうかもしれない。でもじなん、アーニャのチョコほしいっていってくれてた…だから…)
「アーニャ、じなんにチョコわたして、なかよくなりたい!」
 アーニャの覚悟を決めた表情を見て、ロイドは自然と微笑んだ。
「わかった。どうやってチョコを持っていくかは少し考えておく。あとは、ダミアン君にどんなチョコを渡したいかだな…」
「じなん、まいとしチョコいっぱいもらうっていってた」
 アーニャからの僅かな情報をも逃すまいと、ロイドは再び思考を巡らせる。
(やはりな…おそらくデズモンド家に取り入ろうとする名家が高級チョコなどを貢いでいるのだろう。となると高級チョコ路線はダメだな、ありきたり過ぎてインパクトに欠ける…しかし手作りチョコとなると…)
「ん?」
 ずっとこちらに目を向けているアーニャを一瞥する。
(こいつにまともなチョコが作れるとは思えない…いや、そこは俺がフォローすれば…いやいっそのこと俺が作ったチョコをアーニャに持たせたほうが…)
(ガーン!なんかひどいこといわれてる!
でもアーニャりょうりできないし、チョコもつくったことない…)
「アーニャ、これからバレンタインまで、毎日チョコ作りの特訓をするぞ!最高の手作りチョコを渡すんだ!」
(とっくん!?まいにちチョコたべれる!アーニャわくわく!)
「うい!アーニャ、がんばるます!」

 

 


 学問、スポーツ、芸術など、あらゆる分野において優れていて国内トップクラスと言われている東国(オスタニア)の首都バーリントに位置する学校…イーデン校。
 真の品各、エレガンスを持ち合わせた者だけが入学できると言われている学園に、あの男はいた。
(バレンタイン当日の警備体制を調べに来たが…当日は、特殊な訓練を受けた訓練犬を通用口に配置し、臭いでチョコを持っている物を摘発…更には授業中も校内を巡回と…。ブラックベルが言っていた厳戒態勢というのは本当だったな。懇親会の警備に比べたらなんてことないが、正直チョコ如きにここまでするか?)
 教師に扮したロイドは、半ば呆れながら窓の外を見つめる。その先に見えるのは、イーデン校の男子宿舎。
(もし学校内で渡したチョコが見つかれば、持ち込んだアーニャ、受け取ったダミアン・デズモンドまでもトニトをくらってしまう。そうなればダミアン・デズモンドから恨みを買い、プランBは壊滅的。関係回復は到底不可能だろう…。となると、学校終わりに渡すのが狙い目か。原則とし男子宿舎にチョコなどのお菓子を持ち込むことは禁止されていない、なのでアーニャが男子宿舎まで行きダミアン・デズモンドを呼び出しチョコを渡せば実質クリアとなるだろう。まぁ問題はそもそも学校にチョコを持ち込めないということなのだが…)

 

 


 ついにバレンタイン当日。ロイドがアーニャに伝えたことはただ一言だけ。
「お前はチョコなど持っていない、堂々としていろ」
 そして今、アーニャは訓練犬が待ち構えているイーデン校の正面入り口へと挑もうとしていた。
(ついにこのときがきてしまった…。アーニャ、このさくせんをせいこうさせるために、まいにちチョコたべまくった…!おいしかった!もうチョコたべられないのいやだけど、このさくせんがせいこうすれば、もうべんきょうしなくてもいい!だからアーニャは…このさくせんにすべてをかける…!)
 覚悟を決めたアーニャは勇ましかった。その歩みを止められるものなどいなかっーー
「ワンワン!」
「君!チョコを持っているね!こっちに来なさい!」
「いやぁぁぁ!ごめんなさい!許してぇぇぇぇ!!」
アーニャの目の前で、職員に連れていかれた女の子を見て、まるで凍り付いたかのようにその歩は止まった。
(あ、あぁぁ…あそこにいぬさんがいる…たしか、チョコのにおいがわかるかしこいいぬさん…!アーニャとおったら、いぬさんにほえられちゃう…?)
 アーニャはドキドキしながら、訓練犬が待ち受ける正面入り口へと足を動かす…。
(うぅ…アーニャどきどき…)
(へへっ、仕事したらエサが貰える!誰かあの匂いの出る奴持ってねぇかなー)
(いぬさんやるきまんまん…!)
(ん…?この匂いは…)
(っ…!)
 訓練犬は何かの匂いを嗅ぎ分け、その方へ鼻先を向けた。
「すみませーん!正面入り口ってここであってますか?」
 車のクラクションの音と共に若い男性の声が聞こえ、周囲に居た生徒たちはその車が放つ異臭に鼻を抑えていた。
「なんだね君は!どうしてここにいるんだ!」
 近くにいた教員が慌てて車に駆け寄る。
「あれ?今日はこの時間に正面入り口でゴミ回収するって連絡があったんですけど…」
「そんな連絡はしておらん!ゴミ回収はいつも裏の通用口からだろう!しかも曜日が違うぞ!」
 教員はゴミ収集車を運転する男性に向かって叫んだ。
「いや、そうなんですよ。でも確かにそちらの学校からうちに連絡がありましてね」
「だからそんな連絡は…クサっ!」
「すみません、今日は魚市場のゴミ回収の後なんで、ちょっといつもより臭うんですよ」
 男性は申し訳なさそうに言うが、その異臭は半端なものではなかった。周囲の生徒達もその異臭に顔をしかめているが、一番この臭いを嫌っているのは犬たちの方だ。
(うをぉぉぉ!なんだこの臭い!!鼻が!鼻がひん曲がるようだぁぁぁ!!)
「クゥゥン、クゥゥン…!」
(今だアーニャ、早く正門を抜けろ!)
(はっ!もしかしてこれちちのしわざ!あそこにいるのちち!?いぬさんのおはながつかえないうちに、ここをとおらなきゃ!)
 異臭騒動で職員たちは気を取られ、犬たちの鼻も使えない今門の突破は容易だった。ロイドの仕業だと気づいたアーニャは一目散に駆け出し、難関だった正面入り口を突破した。
(良く気付いたぞアーニャ!これで一番の問題だったゲートはクリアだ!犬たちには悪いが、これで暫く鼻は使えないだろう。校内の巡回も訓練犬がいなければどうということは無い)
 ゴミ収集車の運転席から走り抜けるアーニャの後ろ姿を見て安堵するロイド。
(さて、とっとと撤収してアーニャの元へ向かわねば。…それにしても本当に臭いな…臭いが移っていないか心配だ…)

 


ごきげんようアーニャちゃん」
ベッキー、おはやいます」
「正門で異臭騒ぎがあったって聞いたんだけど、アーニャちゃん何か知ってる?」
(ちちのしわざってしってるけど、アーニャなにもいえない…)
「…ううん、しらない」
「そう…ところで、今日ロイド様はどうされているのかしら?」
 ベッキーの眼差しが真っ直ぐアーニャへ向けられる。
(ギクッ!…ベッキー、なんでちちのこときく?)
「ほら、今日はバレンタインじゃない?愛しのロイド様にチョコをお渡したくて♡」
「えっと…わかんないけど、たぶんよるならいるかも」
「そうなの、ロイド様もお忙しいものね。じゃ今夜、アーニャちゃんのお家にお邪魔させてもらうわね」
「う、うぃ…」    
 チョコを持っていないはずだが、バレンタインという特別な日のせいか、いつもよりクラスメイト達もそわそわしているような、そんな雰囲気だった。
 ホームルームのベルがなると、1年3組の担任、ヘンリー・ヘンダーソン先生が教室に入って来た。
「おはよう諸君。ホームルームを始める前に、今から持ち物検査を行う」
えー!というクラスメイトの声がどこからか聞こえたと思うと、皆口々に不満を漏らし始めた。
「静粛に!…皆知っていると思うが、今日はバレンタインディと言って大切な人に気持ちやお菓子を送る日と言われている。もちろんその行為自体は素晴らしいものだ。イベントに限らず、常日頃から人に感謝し素直な気持ちを伝えるべきであろう…それこそまさにエェェレガンンス!!」
 思いがけないことに、ヘンダーソン先生がバレンタインに寛容だということを知り、張りつめていた教室の空気が少し緩んだ。
「しかし!だからと言って学校に必要ない物を持ってくるのはノットエレガント!!」
(ガーン!なんかいいふんいきだったのに!やっぱりだめだった!)
「というわけで、全員カバンを机の上に出しなさい」
「もー、抜き打ちで持ち物検査なんて酷いわよねぇ…アーニャちゃん?」
 動揺を隠しきれずわなわなと震えるアーニャの姿に、ベッキーは思わず小さな声で言った。
「うそ…もしかしてアーニャちゃん、チョコ持ってきちゃったの?」
「はは…ま、まさか…モッテキテナヨ」
「語尾が片言で動揺が隠しきれてないわよ…。でもどうするの、このままじゃ見つかっちゃうわよ…」
「だ、だいじょぶ…!アーニャなんにももってきてない!」
「そ、そう…?ならいいけど…」
 余りにも不自然なアーニャの言動に不安を拭いきれないベッキー。だがそうこうしているうちに、自分たちの番が回って来てしまった。
「次、ベッキー・ブラックベル、カバンを開けてみなさい。……うむ、問題なし。カバンをしまっていいぞ。…では次、アーニャ・フォージャー」
「う、うい…」
(生臭い臭いが取れず、思ったより遅くなってしまった。今はどういう状況だ?…持ち物検査か、教員の予定にはなかったものだが、これも想定内。アーニャが下手な事をしなければ問題なく通過できるだろう…)
 正門での一件を終えたロイドは、今度は清掃員に扮してアーニャの元へやって来た。
(本法なら教員に変装して何かあった場合に備えるつもりだったが、清掃員の変装も準備しておいて正解だったな。生臭い教員なんて怪しくてしょうがない)
 若干まだ残るっている生臭い自身の臭いを嗅ぎながら、視線をアーニャの方へ戻す。
「では、カバンの中を検めるぞ」
(ドキドキ、ドキドキ…しんぞうさん、とびでそう…!)
(こやつ、こんなに震えて動揺しておる!間違いない!何か隠し持っているに違いない!学園の秩序を乱す行為は許されないぞ!アーニャ・フォージャー!!)
(ひぃぃぃいいい!!)
 ヘンダーソン先生の圧を正面から受け涙目のアーニャ。その光景を見たロイドにまで不安が伝わる。
(だ、大丈夫なのか…?アイツ泣きそうになってるじゃないか…!落ち着け!落ち着くんだアーニャ!お前は何も持っていない!持っていないんだ!)
(ちちのこえ!…そうだ、アーニャはなにももってない…もってないからしんぱいいらない…!)
 ロイドの声で気を持ち直したアーニャは歯を食いしばり、堂々とヘンダーソン先生と対峙した。
(ん?目つきが変わったな…震えを堪えてまで隠そうとしているものはなんだ!)
 ヘンダーソン先生が、アーニャのカバンの中を物色し、筆箱やノートを一つずつ出していった。
「……ん、これは…?」
(っ!まさか見つかったか!?)
 ヘンダーソン先生の眼鏡の奥の瞳が一層細くなり、アーニャのカバンに入っていたものに注がれる。
(これは…手紙?宛名は…ダミアン・デズモンド…!)
 ヘンダーソン先生の瞳が、ぶるぶると震えたアーニャを捉える。
(ひっ!ア、アーニャおこられる…?)
(ダミアン・デズモンドに送る手紙とは一体…こやつ、前からダミアン・デズモンドとは一悶着あったりもしたが、まだ問題を起こそうというわけではあるまいな…)
 ギロリと鋭い視線がアーニャを射抜くように刺し、もうアーニャは限界だった。
(あわわわ…!もしかして、アーニャもうだめなのか!?またトニトもらっちゃうのか!?ちち…アーニャもうだめそう…)
(しかし流石に手紙の中まで検めるわけにもいくまい。まぁ手紙自体は規則違反ではないからな…何事もない事を祈るぞ、アーニャ・フォージャー)
(あれ?…アーニャ、ゆるされた?)
(しかしまだ何か隠し持っているはず!手紙ごときであれほど動揺するはずがないと!この私の勘がそう告げておる!)
(まだおわってなかったー!)
 手紙への疑念は張れたが、その後もヘンダーソン先生は執拗にアーニャのカバンを物色する。
(くそっ!まだ続けるつもりか…!それ程までに疑われているなんて…アーニャは普段どんな行いをしているんだ…)
(ちち!アーニャなんにもわるいことしてない!たまにねてたり、ちょっときいてなかったりするけど…それだけだから!)
 アーニャが心の中で言い訳をしている最中にも、ヘンダーソン先生の手は止まることは無かった。
ティッシュ…!消しゴム…!鉛筆削り…!なんかよくわかんない食べカスのゴミ!!ないないないない!!何も持っていないだと!?可笑しい!私の勘が外れたというのか!!)
「ハァ、ハァ、ハァ…ミスフォージャー…カバンをしまいなさい…」
「うい…」
(こ、こんどこそおわったのか…?)
(まさか、手紙一つであんなにも震えあがっていたというのか…?ふむ、私の勘も鈍ったのかもしれん。これは…ショックだ…)
(まったく、冷や冷やさせてくれる…。アーニャのカバンをあらかじめ二重底にしておき、その大きさに違和感が出ないよう数日前から使用し、周りの目を馴染ませておいてよかった。おかげで二重底に仕込んでおいたチョコはバレずに済んだな)
(ちち、アーニャのカバンにそんなことしてたのか、しらなかった…!こんどアーニャもなにかかくすとき、これつかってみよう!)
 無事に持ち物検査をクリアし安堵したアーニャ。ロイドも一瞬安堵の色を見せたがまたすぐに険しい表情に戻った。
(訓練犬と持ち物検査は突破したがまだ作戦は終わっていない。…そう、チョコを持ち込むことが目的ではなくダミアン・デズモンドに無事にチョコを渡すことが最終目標だ。頼むぞアーニャ…)

 

 


 そう、まだアーニャのミッションは終わっていない。
 ホームルームが終わると、アーニャはカバンの中の手紙をもって教室の後方へ歩き出した。
(つぎのミッション、このてがみをじなんにわたすこと!)
「アーニャちゃんどこに行くの?」
 持ち物検査の時の緊張感はどこへ消えたのか、クラスメイト達は和気あいあいと談笑している。教室中央、一番後ろの席にダミアン・デズモンドの姿はあった。
「じなん」
「あ?なんだよ」
「これ、よめ」
「手紙?」
 アーニャから手紙を渡され、怪訝な顔をするダミアン。横に居たユーインとエミールはすかさずアーニャとダミアンの間に割って入ろうとする。
「お前の手紙なんか読むわけないだろー!」
「身の程をわきまえろブース!」
「ちょっとあんた達!アーニャちゃんの邪魔するんじゃないわよ!」
 ベッキーは思わずアーニャにかけより、いつもちょっかいをだす二人を睨みつけた。
「ダミアン様、そんな手紙読む必要ないですよ!」
「ていうか、字が汚すぎてなんて書いてあるか読めねぇじゃん!あははは!」
「アーニャ、がんばってかいたもん!」
「頑張ってこれかよ!まるでミミズが走ったような字だぜ!」
ぐぬぬ…こいつら、いつもアーニャじゃましてくる。じなんにおてがみよんでもらわないとダメなのに…!)
 殴りたい気持ちを我慢し、どうにかしてダミアンに手紙を読んでもらおうと考えるアーニャ。だがそれはロイドも同じ気持ちだった。
(くそっ!ダミアンの取り巻きのせいで難航している…!たかが手紙を渡すだけだと思っていたが…これは下手をすると読まれずに捨てられる可能性もある。それにこのままじゃアーニャが…)
 アーニャは、ロイドと何度も手紙を書き直した時間を思い出していた。
(ちち、おてがみかくのなんかいもてつだってくれた…。いそがしくてねむそうだったのに、まにちチョコつくるのもいっしょにやってくれた…。アーニャがへたっぴなせいで、ちちにたくさんめいわくかけちゃった…。いぬさんのときだって、カバンのときだって、いつもちちにたすけてもらってる…。だから…ここからは…アーニャががんばらないと…!!)
「アーニャのじ、きたないかもしれないけど…でも、じなんによんでほしくて、いっぱいれんしゅうしたから…!だから…だからアーニャおまえにてがみよんでほしい!」
 アーニャには、ロイドのような観察力も頭の回転も、知識もなく何もかも劣っている。しかし誰よりも純粋な気持ちを持ち合わせていた。
(こいつ…俺のためにそんなに必死に…!)
 アーニャの必死な姿に心打たれたのか、ダミアンはアーニャからの手紙を開いた。
「そ、そこまで言うなら読んでやるよ…!」
(ほうかご、だんししゅくしゃのまえにきてください。わたしたいものがあります。…これってまさか…きっとそうだ!今日はバレンタインディだからな!こいつ、俺を呼び出してチョコを渡すつもりだな!…いや待てよ、でもチョコを持ってくるのは規則違反だし、何よりこいつ、さっきの持ち物検査でチョコ持ってなかったよな…?一体どういうことだ?チョコ以外のもの…いやそもそもバレンタインは関係ないってこともありえるんじゃないか!?)
(ちがう!さいしょのであってた!アーニャチョコわたすつもりなのに!)
 心を読めても指摘できないアーニャは、ダミアンの誤解を解くすべがわからなかった。
(そうだ!こいつは俺の事を嫌ってるのにチョコなんてよこすわけがない!一体何企んでるかわかんねぇけど、危うく騙されるとこだったぜ!)
(あわわわわ!どうしよう!じなんなんかおこってる!)
 怒りの表情を見せるダミアンにユーインが言った。
「なんて書いてあったんですか?」
「はっ!こいつ、俺様を罠にはめようとしやがった!」
「こいつ!ダミアン様にそんなことしようとしてたのか!」
「ち、ちが…アーニャそんなんじゃ…!」
「誰が騙されるもんか!さっさと向こう行け!」
 ダミアンの一言により、教室の雰囲気は最悪に。もうこれはどう反論しても聞いてもらえないと悟ったアーニャは、静かに席に戻った。
「アーニャちゃん…」
(くそっ!最悪の展開だ!口頭で伝えると誤解が起こるかもとわざわざリスクを負って手紙にしたのに…!何をどう解釈したら罠だと思うんだ…!)
(ちち、ごめん…アーニャのせいでしっぱいした。じなんきっときてくれないからチョコわたせない…)
(これじゃプランBの進展どころか、壊滅的だ!落ち着け…何かいい方法はないか…ダミアン・デズモンドを待ち合わせ場所に向かわせ、アーニャからのチョコを受け取らせ、関係を良好にする方法は…!!)


 日は傾き始め、アーニャの影は来た時よりも長くなっていた。
(あれから2時間…結局ダミアン・デズモンドは待ち合わせ場所に現れていない…。なんとか作戦の軌道修正を行おうと模索したが、デズモンドの誤解を解くのは容易ではない。…俺が介入しようかとも思ったが、内容が内容だけに、教師に扮したところでどうにかなるわけでもない…)
 2月の中頃、今日は雪すら降っていないものの、まだこの地域には冷たい風が吹き付ける。アーニャは下を見つめたままずっと動かず、時折すする鼻の音だけがした。白いアーニャの肌に赤くなった鼻がとても目立っていた。
(作戦を中止してもいいが、アーニャが諦めていない以上俺が諦めるわけにはいかない。もしこのままデズモンドが現れなければ、多少強引ではあるが俺が直接行くしかないか…。これ以上アーニャに辛い思いをさせるわけにはいかないからな…)
 遠くからアーニャを見守り続けるロイドは、コートの襟を寄せ隙て間風を防いだ。極寒の地でも任務を行って来たロイドにとってこの程度の寒さならどうということは無いが、アーニャにとっては厳しいものだった。
(さむい…かえりたい…まってるのつかれた…あしとおててがつめたい…。やっぱりじなん、こないのかな。…あとすこし、もうすこしだけまってみよう…)
 二重底にしたカバンから取り出した茶色い箱を、手袋をした手で持っている。
(おひさまがあたってるとこ、すこしだけあったかい…)
 少しずつ日陰に浸食されていく地面を避け、日向に足を踏み入れる。そうしているうちに元々立っていた場所方から随分と離れてしまった。そんな姿を、ダミアンは窓から覗いていた。
(アイツまだ居たのか…一体何時間待ってるつもりだ?俺を嵌めるためだけにこんな寒い中ずっと待ってるなんて、ほんとバカなんじゃねぇか?…アイツが風邪ひこうが俺には関係ねぇ)
 自分の息で白く曇った窓ガラスを鬱陶しそうに見ていた。
 同じくアーニャを見ていたロイドの目線の先には、エレガンスに歩くヘンダーソン先生の姿があった。
(…っ!なぜやつがここに!?この時間は部屋で教材の準備をしているはずだ!散歩ルートにしても予定とは違う!いつも決まった時間に行動するはずなのになぜ!?まずい…このままではアーニャと接触してしまう!)
 アーニャはまだ近づいてくるヘンダーソン先生に気付いていない。
(くそっ!気づけアーニャ!箱をカバンにしまうんだ!!)
 ロイドの叫びは遠く離れたアーニャには聞こえるわけもなく、アーニャが次に顔をあげたのは名前を呼ばれたからだ。
「アーニャ・フォージャー、こんな時間にこんな場所で何をしているんだ」
 ヘンダーソン先生は鼻水をすするアーニャに問いかけた。
「ア、アーニャは…」
 ずっと声を出していなかったせいで上手く声が出ず、思った以上に口の中が渇いていたことに気付いた。
(まずい、せんせいにみつかった!ど、どうしよう…!)
 咄嗟に箱を背中に隠すが、とうに遅いことはわかっていた。
「アーニャは…その…ちょっとおさんぽしてて…」
「ほう、こんな時間に散歩か。随分長い事散歩していたのだな、鼻が真っ赤になっているぞ」
「う、うい…」
 どうか箱がバレていませんようにと、強く願いながら箱を固く握りしめるアーニャ。
(はやくどっかいって…!)
「私も少し気分転換に散歩に来たのだが、この時間はやはり冷えるな」
 沈む夕日に目を向け、眩しそうに目を細める。アーニャはそんなヘンダーソン先生横顔をじっと見つめていた。
「ところでミス・フォージャー…」
 ヘンダーソン先生の手がアーニャのほう向かって伸びた。
(まずい!)
 アーニャのすぐ近くまで来ていたロイドが思わず身を乗り出そうとしていた時だった。
ヘンダーソン先生!」
 声に反応し、ヘンダーソン先生は呼ばれた方に目を向けた。
「デズモンドか、コートも着ないでどうしたのかね」
(じなん!!)
 ヘンダーソン先生に指摘され、始めて自分がコートも羽織らず飛び出たことに気付いたダミアン。
「えっと…その…そいつが持ってるのは俺が買ってくるように頼んだものなんです!だから、アーニャ・フォージャーのじゃありません!!」
 息を切らしながら必死に訴えるダミアンを、ヘンダーソン先生の鋭い眼光が射す。
「ふむ…アーニャ・フォージャーは何か持っているのかね?」
「え?」
「今日は夕日がいつもより眩しくな、私にはミス・フォージャーが何か持っているようには見えなかったのだが…」
(あの手紙はもしかしたらこの事だったのか?一教員としては見逃すことはできないが、今日はバレンタインディだ、私は夕日で何も見なかった…それでよいではないか)
(せんせい、みのがしてくれた…?)
 ヘンダーソン先生の表情はいつもの変わらないはずだが、その顔を見上げるアーニャにはほんの少しだけ柔らかく見えた。
 戸惑うダミアンとアーニャを他所に、ヘンダーソン先生は続けた。
「ダミアン・デズモンド、自分の行動には責任が伴うことを忘れるな。それと、どんな理由であれこんな寒い中レディを待たせるのは、ノット・エレガントだ」
「…はい」
「では、私はこれで。ミス・フォージャー、風邪をひく前に帰るのだぞ」
「う、うい…」
(デズモンドよ、ミス・フォージャーを庇ったことは実にエレガントだ。…これも彼らの青春、思う存分足掻くと良い。…そして二人を咎めることなく目を瞑った私も実にスマート・エレガントであった。厳しくするだけが教職員ではない、彼らを見守ることもまた、我々の役目である)
 夕日に背を向けるように、ヘンダーソン先生は来た道を戻って行った。
ヘンダーソンにはバレていなかったのか?いや、あの距離で見えないはずがない…まさか、見逃してくれたのか…?ふっ、もしそうであれば、あんたは本当にエレガントだよ)
 ヘンダーソン先生を見送ると、ダミアンはアーニャに向き直った。
「こんな寒い中何時間も待ってるなんて、お前バカだろ」
「じなん、アーニャがずっとここにるの、みてたのか?」
「べ、別に見てたわけじゃねぇよ!たまたま目に入っただけだ!」
(俺のせいでこいつが怒られたとか、トニトもらったなんてなったら…顔合わせづらいだろ…)
(じなん、もしかしてアーニャのことたすけにきてくれた…?)
 その時アーニャは思い出したように、手に持っていた小さな箱を渡した。
「じなん、これやる」
「…あけてもいいか?」
「うい」
「……なんだよ…ほんとにチョコじゃねぇか…誰だよ、罠なんて言ったやつ」
 アーニャを疑い、酷いことを言った自分に向けて文句を言う。その顔は、嬉しさと申し訳なさでいっぱいだった。
「その…ありがとな…あと、酷い事言って、待たせて悪かった…」
「うい……それ、アーニャの本気のチョコだから」
(本気…!?それってもしかして…こいつ俺の事…!)
「だから、これからもアーニャとなかよくして」
「…ぷっ、なんだよそれ!仲良くって…あぁ、しょうがねぇから仲良くしてやるよ。チョコ分のだけな」
照れくさそうに微笑むダミアンの表情を見て、アーニャもつられて笑みを浮かべた。
「うい!」
(じなん、なかよくしてくれるっていった!これはミッションせいこう…?)
「お前、帰るんだろ。正門まで一緒に行ってやるよ。コート取ってくるから待ってろ」
口調はいつも通りの不愛想だが、コートを取りに戻る足は急ぎ足だった。
(ふぅ…一時はどうなることかと思ったが、なんとかうまくいったな…。まさか、デズモンドがアーニャを庇うとは思わなかったが…これはプランBが上手くいっていると思って良いのだろうか…まぁ難しいことは後で考えよう。とりあえず、俺も正門までアーニャを迎えに行くか…)
 ロイドが立ち去った後、コートを羽織ったダミアンが戻ってきた。
「何ニヤニヤしてんだよ」
「ううん、なんでもない!」
(バレンタインミッション、だいせこうだ!)