キャスパーの書庫

キャスパーです。 大好きなアニメの妄想モリモリの二次創作小説をぽつぽつと書いていこうと思います。 アニメ全般大好きなので、広く繋がっていけたらいいな。

アーニャのいない未来…001

 

※原作を軸とした、アーニャが居なくなってしまったら…というシリアスなお話です。
長編予定なので気長にお付き合いください。

 

 

 

「おいアーニャ、そろそろ出ないとバスに乗り遅れるぞ」
「うい、いまいく!」
 急いで鞄を背負うアーニャに、忘れ物はないかと声をかける。ちゃんとかくにんしたからだいじょぶ!とスカートの裾を翻すアーニャの行く手を塞ぐ者が一人…いや一匹いた。
 いつも見送りに玄関まで来てくれることはあっても、まるで行くなと言わんばかりにアーニャを玄関から遠ざけようとすることは初めてだった。
「どうしたボンド、アーニャがっこういくぞ」
 あそんでほしいのか?それともさんぽか?と首を傾げているとボンドの未来予知した映像が見えた。そこには、ロイドとヨルが暗い部屋で泣き崩れている姿が映しだされていた。
 なぜちちとははが泣いているのか、アーニャはどこにいるのか、何があったのか。冷や汗と共に疑問が湧きだし、思わずボンドに問い詰めた。
「ボンド!いまのなに⁉どういうこと!」
「おい何してるんだ、ボンドが驚くだろう。ボンドお前もだ、遊ぶのは帰ってからにしてやれ」
 アーニャを引き留めたことを咎めたと勘違いしたロイドは、アーニャとボンドを引き離し学校へ行くようアーニャを促した。ボンドはそれでもアーニャを止めようと、ロイドの足の隙間へ無理やり体をねじ込ませる。
普段大人しいボンドがこんなことをするなんて、もしかしたら何かあるのか?と疑問を浮かべたが、何を訴えているのかわかるわけもない。それより一先ずアーニャを学校に行かせることが優先だと時計を見て少し焦る。
 アーニャは先ほどの映像が気がかりでしょうがなかった。あれは何を意味するものだったのか、これから何が起こるのか…。
背後からボフッ!と鳴く声を聞いて振り返ったアーニャは、閉じていくドアの隙間からその目をじっと見ていた。

 

 学校の帰りの道、バスを降りたアーニャはふと今朝のことを思い出していた。朝はずっと気になっていたのに、授業や友達と過ごすうちにすっかり忘れてしまっていたのだ。
 ちちとははがないちゃうこと…アーニャがとにともらったとか?いや、それくらいでちちはなかない、もしかしてアーニャたいがくになったとか⁉あれ、でもきょうはなにもいわれなかった…もしかしてあしたなにかやらかす?
 などと頭を捻らせていると、アーニャの前に一人の男が立っていた。だれだこいつ?とその男を見上げてると、アーニャの顔は急に真っ青になった。
忘れかけていた記憶の引き出しの片隅に、この男の顔があったのだ。
「久しぶりだね、アーニャ。それともこう呼んだほうがいいかな…被検体007」
 少し嬉しそうに発したその男の声に、確かに聞き覚えがあった。忘れたかった記憶なのに、忘れかけていたはずなのに、聞いた途端はっきりと、鮮明に当時の記憶が蘇ってきた。
「お、おまえなにしにきた!アーニャをつかまえにきたのか⁉」
 人通りの多い時間ではないとはいえ、そんな物騒なセリフを吐いていては注目の的になってしまう。しかし男はそんなこと気にも留めない様子で話を続けた。
「あぁその通りだ、アーニャ、我々の元に戻ってこい」
 まるで家でした子供を連れ戻すかのように優しい口調だったが、もちろんアーニャにはそうは聞こえなかった。
「ぜったいにいやだ!アーニャはおまえらのものじゃない!」
 捕まったら最後、絶対に研究所へ連れ戻される。もう二度とこの家には帰って来られない。そう危惧したアーニャは、男から逃げるためにどうするべきか思考を巡らせた。
「まぁそうだろうな、そういうだろうとは思っていたよ。今のお前には家族がいるんだからな。ではその家族の命がかかっているとしたらどうする?」
 ハッとしたアーニャの表情を楽しむかのように男は口を開いた。
「バカなお前でもわかりやすく言うとこうだ、お前が戻ってこないなら、お前の父親と母親を殺す。あぁ、そういえばペットに犬もいたな」
「ちちとははになにするつもりだ!」
「さぁなんだろうな、それは私の知る限りではないが…生かしておく必要はないと上は判断した、それだけだ」
 先ほどまでの薄ら笑いは消え、脅すように冷酷な口調へと変わった。しかしそれでもアーニャは臆することなく反論した。
「ちちもははもつよいから!おまえらなんかにまけるわけない!」
「これだからバカは…会話の呑み込みが遅くて困る。私たちが今までお前をただ放置していただけだと思うか?お前の両親の素性はすべて調べてある。それとも、我々が勝算もなくこんなことを言うと思うか?」
 ロイドやヨルが負けるとは到底思えない、しかしこいつらが二人の素性を調べている以上、何らかの対策があるに違いない。勝算もなく…その言葉の説得力はそれほどまでに大きかった。
「即決しろとは言わないが、我々はもう待たない。お前が今この場で来ることを拒むと言うのであれば、こちらも相応の手段をとらせてもらう。まぁそのうち嫌でもお前から来ることになるだろう」
 男がアーニャに向かって歩き出し、思わず身を強張らせた。しかし男は力づくで連れていくわけでもなく、ただアーニャの横を通り過ぎると、そのまま立ち去ってしまった。
 振り返り、男が見えなくなるまでその場から動けなかったアーニャは、ようやく体の力が抜けるのを感じだ。自分の身に何が起こったのか、アイツが言っていたことは本当なのか。いつもの見慣れた景色がより現実味を薄れさせていく。
早くあの家に帰りたい、自分の家に…、そう強く思いあと少しの我が家を見つめると、歩く足が自然と早まった。

 

その日の夜、今日は早く帰れると言っていたロイドがいつになっても帰ってこなかった。

 

「ロイドさん遅いですね、連絡もなしにこんなに遅くなるなんて…」
 時刻はすでに日付を跨いでおり、限界まで待っていたアーニャもすでに寝てしまっていた。
 もしかして何かあったのか、事故や事件に巻き込まれてはいないだろうかと心配になり落ち着いて座ってなどいられなかった。少し辺りを見てこようかとも思ったが、寝ているアーニャを置いて出ていくわけにもいかないと、ヨルはリビングから動けずにいた。
 あれからどのくらい経っただろうか…玄関の方から音がしてヨルは目を覚まし、自分がソファで寝てしまっていたことに気付いた。慌てて玄関に向かうとそこにはロイドが立っていたが、最初に出てきた言葉は悲鳴にも似た声だった。
「ロイドさんっ…!一体どうされたのですか⁉」
「あはは、ちょっと派手に転んでしまいまして…」
 頭から血を流し、服はボロボロ、押さえている片腕からも出血が見られた。これはどう考えても派手に転んだという域ではないが、それでもロイドはヨルに笑顔を見せた。
すぐに救急箱を取ってきます!とヨルがリビングに戻ろうとしたとき、ロイドは力が抜けたようにその場で崩れ落ちてしまった。咄嗟に手を差し出しロイドの体を支えたが、おそらく見た目以上の怪我をしていると感触で悟った。
「ロイドさん、今から病院へ行きましょう!怪我が酷すぎます!」
「いえ、これくらい平気です…それにアーニャを起こすわけにもいきませんから…」
「でも…」
 支えられてようやく立っている人のいうセリフではないが、きっと自分が何を言ってもダメだろうとわかっていた。とりあえず傷の手当をしましょうとリビングへ向かって歩き出すが、手当は自分でできますからと断られてしまった。
 何をそんなに頑なに拒むのだろう、そこまでして見られたくないのか、隠したい何かがあるのか…ほんの少しだけ疑う気持ちが脳裏をよぎったが、自分のことを思うと言葉に詰まってしまった。それならばせめて部屋まで支えますと、ロイドを私室に送り届けた。

 

 翌朝、食卓にはいつも通りロイドの姿があった。
「ちち、はは、おはやいます…あれ?ちちいつのまにかえってきた?ハッ!ちちのあたまぐるぐるまきになってる!」
「あぁこれか、昨日少し転んでしまってな、でも別に問題はない。ほら、早く顔を洗ってこい」
 洗面所へ向かうアーニャの背を見つめながらロイドは昨晩のことを思い出していた。
 昨日はバーリント病院での勤務を終え定時に病院をでたが、その帰り道、何者かに尾行され襲撃を受けた。その程度普段なら簡単に撒けるが、昨日の奴らは何もかも計画的だった。
煙幕で視界を奪い、超音波で音を奪った、これで敵の気配を探れなくなったところへ更に催眠ガスで呼吸を止めさせることにより集中力が低下、敵の場所を特定することが困難になったところ袋叩きに…。なんとか逃げ延びたが、敵の情報を何一つ掴めなかった。これでは対策の立ようがないしどこの連中かもわからない。奴らはまた近いうちに必ず俺を狙ってくるはずだ…。
ロイドの怪我が誰かの襲撃によるものだと知りアーニャは不安な表情を浮かべた。ロイドをそこまで追い詰めた相手が誰かはわからないが、昨日会ったアイツの言葉を思い出し、もしかして…と一瞬頭をよぎった。

 

 その日のお昼、市役所に一つの荷物が届けられた。
「え?私にですか?」
 受け取った荷物は両手で持てる程度の大きさで、包みの表面には確かにヨル・フォージャー様と書かれていた。しかし差出人の名前はどこにもない。
「一体どなたからでしょう」
「何か頼んだ覚えはないの?」
「懸賞に応募したとか?」
「まさか、旦那さんからのサプライズだったり!」
 首をかしげるヨルに同僚たちが次々と言葉を発するが、どれもヨルには身に覚えのないものだった。とりあえず開けてみなさいよとカッターを手渡され段ボールを開封していく。
ゆっくり蓋を開けると、中に何か黒い箱のようなものと、赤や青の配線が見えた。ヨルは何かを察し咄嗟に周りにいた同僚を押して遠ざけ、自身も離れなければと段ボールをどこかへ投げ捨てようとした。しかし周りには他の社員もいる、窓の外に投げ捨てる余裕はない。せめて周りの人たちだけでも助けなければと思考を巡らせるが、その間わずか5秒足らず。ヨルの抱えていたものは容赦なく爆発した。

 

 ちょうど午後の授業を終える頃だった。昼食を食べて少し眠そうになりながらもあと少し…と耐えていると勢いよくドアが開いた。誰もがその音に反応しドアの方に注目すると、ヘンダーソン先生が神妙な面持ちで立っていた。
「アーニャ・フォージャー、すぐに荷物をまとめて職員室に来なさい」
「アーニャちゃん、何かやらかしたの?」
隣に座っていたベッキーが心配そうに尋ねるが、身に覚えがなくアーニャは首を横に振る。
「どうせ何かやらかしたんだろう」
「職員室に呼ばれるなんて相当だぜ」
 ユーインとエミールにも似たようなことを言われるが、ヘンダーソン先生の表情からそういった類ではないとなんとなく感じていた。
 荷物を背負い教室から少し離れた辺りでヘンダーソン先生はようやく口を開いた。
「いいかミスフォージャー、落ち着いて聞くんだ。君の母君が職場で大怪我を負ったらしい」
「ははが?」
「あぁ、病院に運ばれたらしいがどうやら意識不明の重体でかなり危ない状態らしい」
 意識不明の重体という言葉の意味は分からなかったが、ははがピンチだということはわかったらしい。
「父君から連絡があって、代わりの者が迎えに行くから今日はバスでなくその人と一緒に帰ってくれと言付かったぞ」
 ははに一体何があったのか、はははすごく強いのにどうしてピンチなのか。今自分の周りで何が起こっているのかわからない、そんな恐怖を抱えながら職員室へと足を進めた。

 「よう、迎えに来たぜ」
 アーニャを迎えに来たのはフランキーだった。まぁちちでもははでもない代わりの人と言ったらきっともじゃもじゃだろうと予想はしていたので、驚きはしなかった。
 失礼しましたー、なんて柄にもないことをするフランキーを見上げ、アーニャと共に学校を後にした。
「もじゃもじゃ、こっちアーニャのいえとちがう」
「家にはいかねーよ、行くのは俺の仕事場だ」
 なぜ家に帰らないのだろう、なぜ迎えに来たのがちちではなくもじゃもじゃなのだろう。もじゃもじゃを学校の迎えに来させるなんて、いつものちちなら絶対にやらないのに。もしかしてちちに何かあった?アーニャを迎えに来れない何かがあったのかと、幼いながらも必死に考えていた。
 そんなアーニャの思考を悟ったのかそれとも偶然なのか、フランキーは信号が変わり歩き出したと同時に話し出した。

「お前の母ちゃんが職場で怪我したって話は聞いたか?」
「うい、せんせーからきいた」
「それがな、どうやら爆弾によるものだったらしい。宅配の包みを開けた途端爆発して、お前の母ちゃんは爆発からみんなを守ろうとして一人で爆弾を持って逃げたんだってよ。他の人たちもそこそこ怪我をして病院に搬送されたらしいがみんな意識はある」
 急に爆弾と言われても、アーニャはまるでピンと来ていなかった。
「ロイドには余計なことは言うなって言われてるけどよ、そりゃお前だって気になるよな。とりあえず、お前はロイドの迎えが来るまで俺と一緒に待ってろ、まぁ暇かもしれないがな。そうだ、犬っころもちゃんといるぜ」
 アーニャは今朝のことを思い出していた。昨日ちちが知らない人たちに襲われたと言っていたこと、そして今日ははが襲われたこと、二つのできごとは偶然なのか。つい昨日の研究員のやつらの話と結びつけてしまう。
アイツらがちちとははにひどいことした?アーニャがきょうりょくしないから、ちちとははがこんなめにあった?アイツら、きのうちちとははのこところすっていってた…もしかしたらほんとうに…。
アーニャは思わず手をぎゅっと握りしめた。
アーニャがここにいると、またちちとははにひどいことするかもしれない。もじゃもじゃだってあぶないかもしれない。もしかしたらベッキーやじなんも…アーニャのまわりのみんなにひどいことするのかもしれない…。どうしよう、アーニャどうすればいい。
きっとけんきゅうじょにもどればぜんぶかいけつする。でももうあそこにはもどりたくない。でもそうしたらみんなが…。

 

「昨夜の件と言い、ヨルさんが襲われた件も…どうも偶然とは思えません。これはオペレーションストリクスの妨害ではないでしょうか」
「つまり、最高機密であるオペレーションストリクスの作戦と、お前の正体がバレているといいたいのか?」
 ハンドラーはロイドに鋭い眼光を突き付ける。
 ハンドラーの言いたいことはもっともだ。この作戦がバレるようなヘマはしていないし、もちろん自分に関してもそうだ。今まで通りすべて完璧にこなしてきたからこそ、自身でもまだ疑ってるくらいなのだから。
「このままではヨルさんやアーニャの身も危険です。人員を割いてこの件に当たるべきかと」
「…奥方の容態は」
「爆発をもろに食らったらしく、怪我が内臓にまで達しています。今も集中治療室に入ったきりで意識もありません…正直、生きているのが奇跡という状態です」
 いくら契約上の関係とは言え、身近な人が苦しむ姿を見て平気なわけじゃない。きっと今すぐにでも病院に行きたいところだろうと、ハンドラーは視線を落とした。
「そうか…それではアーニャ嬢の身も心配だな。お前の言う通り、このままではオペレーションストリクスは頓挫する恐れがある。そうならないよう総員でこの件を片付けるぞ。こちらも敵の情報を集め対応し、その間の二人の身の安全はWISEから人員を送り警備を付ける。申し訳ないが今はそれしかできない…」
 申し訳なさそうにするハンドラーをみて、なんともらしくないなと思ってしまったと同時に自分の不甲斐なさを痛感した。何が原因で作戦がバレたかわからない以上、原因の追究と敵への対策を並行して行う必要がある。
 ロイドはハンドラーに返事をすると、一刻も早く犯人を見つけるためにと動きだした。

 

「もじゃもじゃ、それなんだ?」
「あ?これはたばこだよ」
「たばこ!アーニャしってる!おとながふ~ってするやつ!んじゃこれは?アーニャたべていいやつ?」
「それはさきイカだ、売り物だから食べるな」
 アーニャが来てからというもの、店の中を物色されて商売どころではなかった。食べちゃだめか…と残念そうにするアーニャを見て、さっきおやつで売り物のチョコとナッツを3つもくれてやっただろうが、犬っころの方は大人しく店の前で伏せて寝ているというのに…と呆れてみる。
「ボフッ」
 のっそりと体を起こしたボンドに、どうした?とフランキーが声をかけると、ボンドの見つめる先を見てそういうことかと納得した。
「アーニャ、待たせたな」
「ちち!」
「おせーよ、店の中のもん食いつくされるかと思ったぜ」
「繁盛してよかったじゃないか」
「無銭飲食だよ!」
アーニャが食べ散らかしたお菓子やぐちゃぐちゃにした商品を袋に詰めると、きちんとロイドに支払いを要求した。
「ちち、ははまだびょーいん?きょうかえってくる?」
 アーニャに問われフランキーの方へと目を向ける。喋ったなという眼差しに、しょうがないだろというように目線を外し、受け取ったお金をレジにしまう。
 どうせ言わなければならないのだから、今ちゃんと説明するべきかとため息をついた。
「あぁ、ヨルさんはまだ病院にいる。怪我が酷いらしいから、家に戻ってくるのはまだ先になりそうだ。少し寂しくなるかもしれないが我慢してくれ」
 ヨルが居ないことに対しての寂しさもあるが、アーニャが心配しているのは別のことだった。
「爆弾を送り付けてきた犯人はまだ捕まっていないし、相手が市役所を狙ったのか、ヨルさんを狙ったのかもわかっていない。だから明日からしばらく警察の人が警護につくことになった。ヨルさんのところにも警護が付くから心配するな」
 けいさつのひと…ほんとうはちちのなかまのすぱいのひと!アーニャたちをまもってくれるのか。
「そんじゃ、これで俺もお役御免だな」
「いや、お前には別の仕事がある」
 そういうとロイドはフランキーに一枚の紙を渡した。めんどくさそうな匂いがするな~と怪訝な表情でその紙を受け取り確認すると、ぎょっと目を見開いた。
「お前これ本気で言ってんのか?」
「冗談だと思ったのか」
 フランキーの戯言を軽く聞き流すと、アーニャとボンドに帰るぞと声をかけた。アーニャもフランキーに別れを告げると、ロイドの手をぎゅっと握る。
 今日は少し多めに買い出しをして帰るぞというロイドに、アーニャのおかし何個買っていい?と浮かれてはしゃぐ。

 

 この晩以降ロイドは寝る間もないほど忙しくなり、アーニャと顔を合わせることも少なくなってしまった。
最後にこの子の笑顔を見たのはいつだったか…、つい先日のことだったはずなのに、その記憶すら懐かしい。また笑ってくれるように、明日はお菓子を沢山買って帰ろう。

 

 ロイドの話によると、警備の人はロイドが居るときと学校以外は常にアーニャと一緒にいるらしい。あと変わることは、通学用のバスではなく警備の人の車で送り迎えしてもらうということ。
 始めはベッキーと同じでセレブになったみたいと喜んでいたが、家に帰ってもずっと見張られているような感覚ですぐに窮屈に感じた。
「ねぇ、ちちまだかえってこない?」
 テーブルの上には食べ散らかしたお菓子のゴミが散らかっているが、もう時刻は19時をまわっていた。いつもならとっくに夕飯を食べている時間なのだが、一向にロイドが帰ってこない。
 あまりにもお腹がすいたし暇なので警備の人に尋ねてみたが、私にはわかりません。と淡白な答えが返って来るのみ。本当はちちのスパイの仲間だから、ちちがどこにいるか知っているのではないかと問い詰めたかったが、心を読んでも何も知らないのは本当のようだった。
 きっとちちは悪い奴らを捕まえるために頑張ってるんだろう、それは世界平和のためでありアーニャのためでもある。だから寂しいなんて口にしちゃいけない。

翌朝、アーニャはソファで寝ているロイドを見つけた。思わず声をかけようとしたが言葉が喉に張り付いて出てこなかった。
ロイドはどんなに忙しくても必ず家には帰ってくる。しかしそれがアーニャの起きている時間とは限らず、不本意ながら明け方になることもしばしばあった。ソファで寝ているのを見るのは何回目だろうか、ちゃんとベッドで寝てほしいが、おそらくそんな余裕もないほど疲れ切っているのだということはアーニャでも容易に想像できた。
 もう少し寝かせておこうか、でもそろそろ時間になる…と迷っていると、ロイドと目が合ってしまった。
「なんだアーニャ、起きてたのか」
「うい、ひとりでおきれた」
「そうか…、おはようアーニャ」
 朝食は簡単なものでいいか?と聞きキッチンへ向かうロイド。いつも通りに見えるのはさすがスパイというべきか、心の中は酷く荒れていた。
 アーニャが一人でも起きれたと本来は喜ぶべきなのだが、恐らくそれは俺のせいだろう。俺が毎晩遅く帰るせいでアーニャを精神的に追い詰めてしまっている。昨晩も遅くまで起きて待っていたと報告を受けているが…まだこのくらいの小さな子なら泣いて親に甘えていてもおかしくないというのに、それすら自制させてしまうほど追い詰めているのだ。いくら警備の人間が家にいるとはいえ、アーニャを1人で家に置いておくのは俺だって心苦しい、できることなら早く家に帰ってやりたい…、しかし早くこの件を片付けないと、アーニャにもヨルさんにも平和は戻ってこない…すまないアーニャ。
「そうだ、昨日お菓子を買っておいたんだ。この前一緒に買い物に行ったときこれも食べたいって言ってただろ」
 いつものように喜んでくれると思っていた声は聞こえず、とても不安そうな顔をしていた。
「どうした、嬉しくないのか?」
「うれしい…うれしいけど…」
 お菓子を沢山買ってきたということは、きっとまたしばらくは忙しいということ。一緒にお夕飯を食べれないということ…。
これ以上辛そうなロイドを見たくなかった。それならいっそのことすべて打ち明けてしまおうか、そうすれば少しは何かの役に立つかもしれない。ちちならきっとアーニャの能力を知ってもそばに置いてくれるかもしれない。
「悪いなアーニャ、もう少し寂しい思いをさせてしまうかもしれないでもお前は何も心配しなくていい、俺がすべて解決するから」
 なんでもできるスーパースパイにそう言われると、不思議と大丈夫な気がしてきた。アーニャは少しだけ笑って返事をすると、ロイドと一緒に朝食を食べた。

 

 その日の終業のチャイムが鳴ると、ベッキーがアーニャに声をかけた。
「アーニャちゃん、今日は久しぶりにお買い物でも行かない?最近元気ない気がしたから、そういう時はパーっと発散するのが一番よ!」
「アーニャきょうもはやくかえらないといけない、ごめんベッキー
 それにぱーっとかえるくらいのげんなまもらってない、と付け加えた。本当はお金の問題ではなく、ロイドに寄り道をしないようにと言われているからだった。
「そう、それじゃ仕方ないわね…。あのねアーニャちゃん、この前から気になってたんだけど、最近アーニャちゃん車で帰ってるわよね、何かあったの?ロイド様が急にセレブになったとか?」
「ハッ!庶民が急にセレブになるわけねぇだろ、そういうのは成金っていうんだよ」
 アーニャたちの話を聞いていたのか、ダミアンたちが話に割って入ってきた。
 なりきん?アーニャんちがセレブ…という妄想はほどほどにし、ちちにしゃべっちゃだめっていわれてないよね?と若干の不安を持ちつつも、ベッキーたちに最近の出来事を打ち明けた。
「爆破に警備って…お前それ話盛ってるんじゃねぇのか?」
「でも市役所で爆発騒ぎがあったのは本当ですよね、ニュースにもなってましたし」
「でもそれでなんでお前に警備がつくんだよ、ダミアン様ならともかく」
「ちっちっちっ、これはとっぷしーくれっとだけど、ねらわれたのはアーニャのはは、だからアーニャにもけいさつのひとくっついてる」
 トップシークレットなのに喋っていいのか?とそこにいる誰もが思ったが、それよりもアーニャのははが狙われているという話の方にみんな食いついた。
「お前の母ちゃん一体何したんだよ」
「実は裏で悪いことしてたとか?」
「そんなわけないでしょ!いい加減なこと言うんじゃないわよ!」
「…でもお前に警備がついてるってことは…お前の身も危ないってことだろ」
 ダミアンの声が急に暗くなると、これ以上茶々を入れる雰囲気ではないなとみんな口をつぐんでしまった。ダミアンもデズモンド家というだけで命を狙われたことが過去にあったため、アーニャの今の現状がとても他人事とは思えなかった。
「そうよね、アーニャちゃんだって不安よね…」
 警察が付いてるなんてみんな羨ましがるだろうと思っていたアーニャは、なんか思ってたのと違うと慌ててフォローした。
「で、でもちち…じゃなくてけーさつのひとがわるいやつつかまえてくれるからだいじょぶ!」
「そうよね、きっと大丈夫よ!そしたらまた一緒に買い物に行きましょう」
「コイツを狙ったってなんの得にもならねぇだろうけど、まぁその時はデザートくらい奢ってやってもいいぜ」
「じゃぁいちばんたかい“あふたぬーんてぃせっと”ってやつがいい」
「少しは遠慮しろよこのバカ!」
 こんなに自分のことを心配してくれる友達ができるなんて、あそこに居た時は想像もしていなかった。自分がアイツらの元へ行けばすべて解決するなんて嘘だ。そうしたら友達も、家族も、何もかも失うことになる。やっと手に入れた幸せの場所を手放すなんて、やっぱりできそうにない。

 

 その日、いつものように警備の人の車で帰宅していると、一本の電話が鳴った。
 その内容は、入院していたヨルの病室が襲われたというものだった。