キャスパーの書庫

キャスパーです。 大好きなアニメの妄想モリモリの二次創作小説をぽつぽつと書いていこうと思います。 アニメ全般大好きなので、広く繋がっていけたらいいな。

白雪姫と優秀な小人たち


 とある森に佇む小さなお城では、今日も娘を溺愛する継父の声が響いていました。

「白雪姫!僕の可愛い白雪姫!今日はこのドレスを着てごらん!」
「ですからユーリ、そう毎日新しい服ばかり買って来ないでください。まだ着られるお洋服は沢山あるのにお金がもったいないじゃないですか」
「何言ってるんだ!白雪姫は可愛いんだから!そんなこと気にしなくていいんだよ!」
白雪姫はまたかとため息をつきながら、毎日毎日可愛い服を着せようとしてくる継父に少々うんざりしていた。
可愛がってくれているのは大変嬉しいのが、継父は自分の服や城のことには無関心で、財という財をすべて白雪姫のためだけに使おうとしている。しかもそれだけに限らず、白雪姫のことを溺愛しすぎて城の中から一歩も外に出してくれなかった。
外に出たいと言えば、外には恐ろしい奴らがいる、白雪姫が攫われるかもしれないからと言われ、ここ十数年窓ごしの外の世界しか見たことがなかった。せめて庭にだけでもとお願いしても、美しい白雪姫を誰かに見せるわけにはいかないといい、それならばと城の中の一室に庭のような草花溢れる部屋を作ってしまうほどだった。
 その代わり、運動器具やトレーニンググッズなど、欲しいといったものは何でも買ってもらえたので特に不自由はしていなく、次第に外に出ることを諦めていた。

そんなある日、些細なことで継父と白雪姫は言い争いをしていた。
「どうして聞き分けてくれないんだ白雪姫!君のためなんだよ!」
「本当は私のダメではなく、ユーリのためなんじゃないですか⁉」
 怒りでカッとなっていたため、つい強い口調で言ってしまったことにハッとしたが、図星をつかれたようなユーリの顔を見て、やはりそうなのかと少しばかり落胆した。
「もうユーリなんて知りません!」
 と叫ぶと、二階の窓から身を投げ外に飛び出していった。
 待ってくれ白雪姫―!という継父の叫び声を聞きながら、とても姫とは思えないスピードで森の中へ走り去って行った。

 森に来たのは小さい頃以来だったが、薄っすらとその時の記憶が残っていた。
この辺にお気に入りの大きな木があってよく木登りをした。ここには母が好きだと言っていたお花が咲いていたはず。昔の思い出とともに森を散策していると辺りが薄暗くなってきたことに気付いた。
もう少ししたら雨が降り出すかもしれない、勢いで出てきてしまったため水も食べ物もなく、雨をしのげる当てだってない。小雨なら木陰でも大丈夫かもしれないが、雨の量によってはずぶ濡れになるだろう。どこか雨宿りできるところをと小走りで森の奥へと進んでいくと、少し先に小さな小屋を見つけた。あそこで雨宿りさせてもらおうと向かっているとついに雨がぽつぽつと降り出してきた。
 少しペースを上げて走っていると、突然弓矢が顔の横を掠めた。
驚いて矢が飛んできた方を見ると木に弓が仕掛けられていた。辺りに人影はなく、この弓は自動的に放たれたものだろう推測した。
弓のことは気になったが、雨の方が気がかりだったのでそのまま足を進めると、今度は先ほどと同じ矢が連続して白雪姫を襲った。驚くほどの動体視力で矢を避け、時には手で捉え、ホッとしたのもつかの間、今度は落とし穴や爆弾が白雪姫の行く手を阻みなかなか前へ足を進めさせてくれなかった。
 「これはこの森の遊び場か何かでしょうか?子供が遊ぶにはかなり過激なものだと思いますが…」
 これを罠だと思っていない白雪姫はその後も弓矢や爆弾を越えてゆき、小屋の前に着くころにはびしょ濡れになっていた。

 白雪姫は小屋のドアをノックし声をかけた。
「あのーすみません、どなたかいらっしゃいますでしょうか」
 無言の返事が住人の不在を知らせ、白雪姫はこの雨の中どうしようかと踵を返した。
 このまま軒先に居たら住人が帰ってきたときに不審に思うかもしれないし、だからと言って他に雨宿りできそうなところもない…、これは大人しく家に帰れということなのかと空を見上げた。
 すると背後でギィとドアの開く音が聞こえた。驚いて振り返ると短髪のブロンドヘアの小人…いや男が立っていた。
「あ、あのすみません!実は今この雨に困っておりまして、雨が止むまで雨宿りさせていただけないでしょうか」
「……その前に聞きたいことがある、お前、ここまでの罠をどうやって交わしてきた」
「罠?」
 罠とは何のことかと男性に尋ねると、弓矢や落とし穴がなかったかと問われた。
「あぁ!あれのことですか。あれは罠だったのですか?私はてっきり子供の遊び場か何かと…」
 白雪姫の言葉に、あれを遊び場だと思うなんてどんな過激な遊びをしていたんだ⁉と男は顔色を一切変えることなく驚愕していた。
「どうやってと言われましても、こう普通に避けたとしか…」
あの罠を普通に避けた⁉ あれは迎撃用に仕掛けた罠で難易度はAだぞ!それをこの女はかすり傷一つ付けずに突破しただと⁉ その話が本当なら驚くべき身体能力だ!と驚愕し、男はほんの少しだけ眉を動かした。
 すると家の中からもう1人、オレンジがかった赤いロングヘアの小人が現れた。
「ふっ、実に面白い話だ。どうだろう、家に入ってもっと話を聞かせてくれないか」
「いいのですか⁉ ありがとうございます!」
「ハンドラー、もう少し警戒するべきだ」
「別に構わん。あの罠を潜り抜けたきたんだろう?もし敵ならここで追い返したとしてもまた仕掛けてくるだけだ」
 男の方は白雪姫が家に入ることを快く思っていないようで、不服そうな男の目を横目に白雪姫はどうぞと開けられたドアを通って行った。

 家の中はかなり散らかっている様子で、先ほどの弓矢や爆弾、他にも用途がわからない粉や、書類のような紙が散乱していた。
 生活感…という感じはあまりしなく、どちらかというと仕事場というような印象だ。
「しらないおんなのひと!おまえだれだ?」
 ピンク髪の少女が白雪姫目掛けて走ってきた。少し遅れて隣には白いモフモフとした毛の犬もやってきた。
「初めまして、私は白雪姫と申します。雨が止むまで少しばかりお邪魔させていただきます」
「ひめ!すごい!ほんもののひめはじめてみた!アーニャはアーニャ!こいつはボンド!」
 アーニャと名乗る少女は白雪姫に自己紹介をすると、白雪姫の話を聞きたがった。
「少し落ち着きたまえアーニャ嬢。白雪姫…といったかな、私はハンドラー。雨宿りさせた恩とは言わないが、私にも君の話を聞かせてくれないか?」
 先ほどの男や少女の様子を見るからに、このハンドラーと名乗る女がこの家の主だろうか。白雪姫は継父とケンカをして家を出てきたことを話した。いい年した女がケンカして家出なんて、馬鹿らしいと思われるだろうかと少し恥ずかしくなった。
「ふむ、なるほどな。随分君を溺愛していたようだけど…となると少し心配だ」
「何が心配なのでしょう」
「もしかしたら君を追ってくるのではないだろうか。家に閉じ込めるほど可愛がっていた君が出て行ったんだ、ケンカしたとはいえ、きっと血眼になって探しているだろう」
 小さな小人たちの家には大きなテーブルがあり、そこにハンドラーと白雪姫、アーニャとボンド、ドアを開けてくれた男性、そしてその隣には切れ長の目をしたショートカットの女性が座っていた。
「確かにその可能性はありますね。面倒ごとはごめんですから、やはりこの女を追い出しましょう」
男性の隣に座っていた女性は白雪姫を敵視していることを隠そうともしていない様子だ
「そうですよね…雨宿りをさせていただいたうえに、これ以上皆さんにご迷惑はかけられません」
 そういって立ち上がろうとした白雪姫をハンドラーが止めた。
「やめるんだ夜帳、彼女を招いたのは私の判断だ。白雪姫、私は君を迷惑などと思っていない、君には素質があるからね、是非欲しい人材だ」
 人材とはどういうことだろうか…と白雪姫が首をかしげているのをお構いなしに話をつづけた。
「君が家に帰ることを拒み、ここに残ることを希望するなら、我々は手を貸そう。継父には悪いが、もし君を連れ戻しに来たその時はお帰りいただくしかない」
「帰ってもらうと言ってもどうやって…」
「なぁに、先ほどのように小屋の周辺に迎撃用の罠を仕掛けるのさ。あとは情報部隊を数人を送り込む」
 なるほどと感心した白雪姫だったが、少し考える様子を見せた。
「あの…先ほどのげいげきよう?の罠のことですが…恐らくあの程度ではユーリに突破されてしまいます」
「なるほど、君もあの罠を軽々と通り抜けたと聞いたが、継父も侮れないようだな。よし、罠の難易度を最高レベルのSに引き上げる!夜帳は罠の準備に、フランキーは情報収集、黄昏は私と共に作戦会議だ。ターゲットは早ければ今日中にもやってくるだろう、皆準備を急げよ」

 すると奥の部屋に居たモジャモジャ頭の男性が大きな伸びをしながら歩いてきた。
「あーめんどくさいけど綺麗なレディのためなら頑張るかー。よう、よろしくなお姫さん」
軽く手を挙げて挨拶をすると、何やら大きな機械のようなものを背中に背負いそのまま外へ出て行ってしまった。
白雪姫も作戦会議に参加するように命じられ椅子に座ると、その隣には先ほどの男性が。
「あの、よろしくお願いします…黄昏さん、とお呼びすればいいでしょうか」
「黄昏はコードネームですから、気軽にロイドと呼んでください」
 先ほどの玄関先での鋭い印象が嘘のように消え、今は少しだけ柔らかい雰囲気を感じた。
「はい、ロイドさん。私のこともヨルと呼んでください」
「わかりました。ヨルさん、先ほどは失礼な態度をとってしまい申し訳ない」
「そんな、お気になさらないでください!突然やってきた私が悪いんですから!ロイドさんはここにいる皆さんを守るためにそうしたんですよね。すごく優しい方だと思います」
「俺が優しい?…そんな風に言われたのは初めてです。なんだかヨルさんは不思議な方ですね」
 ロイドと名乗る男性は意外にも紳士的で、これが本来の表情なのだろうかと整った顔を見つめた。
「なんだ、そういう女がタイプだったのか」
ハンドラーはニヤリと口角をあげ、あからさまにロイドをからかっているようだ。
「誰がそんな幼稚な手にのるんですか。まぁ少なくともうちには悪魔のような上司は居てもこんな優しい人はいませんからね」
「ほう、ではお望み通り本当に悪魔に思えるほどこき使ってやろう」
自分のせいでケンカになってしまうとオロオロしていると、背後から目をキラキラと輝かせたアーニャとボンドがやってきた。
「ねぇアーニャは!アーニャはなにしたらいい?」
「んーそうだな…アーニャ嬢は待機だ。いざという時のために体力を温存しておいてくれ」
「それじゃアーニャつまらん」
 不服そうな表情をするアーニャにロイドは厳しい目を向けた。
「我儘を言うんじゃない。そもそも罠の仕掛けは仕掛けるどころか発動させてしまうし、情報収集なんて高度なこともできない、食料や弾薬の在庫管理だっていつも間違えるじゃないか、邪魔になるからあっちでおとなしくしていろ」
「いーやーだーー!アーニャもたたかいたい!てきをやっつけたいーー!」
「1秒と持たずにやられるぞ」
 ぐうの音もでないほど言い返されたアーニャは涙目でわーーー!と叫びながら奥のソファで暴れ、いつの間にか寝てしまった。
「まったく、せっかく私がオブラートに包んでやったというのに」
「ハンドラーはアーニャに甘いんですよ。いいから作戦会議を始めましょう」
「そうだな、ではまず相手の情報だ、継父の特徴、身体能力、癖や好き嫌い、他にも敵となりうる協力者はいるか…」
「最悪の想定ですが、もし迎撃用の罠で撃退できなかった場合は俺と夜帳で応戦します」
 どんどんと話が進んでいく様子を見て、この人たちは一体何者なのかと疑問に思う。これだけ沢山の武器を持っていたり、罠や情報部隊という言葉からも、どうも戦いに慣れているように見えた。
「あの、みなさんは一体何者なんでしょうか…あ、すみません!私この森から出たことがないのでわからないのですが、こういうのが一般的なのでしょうか」
「アハハハハ、これが一般的だったら相当物騒な世の中だな。そうだな、君には教えよう。私たちはここにいるメンバーの他にあと2人…全部で7人と一匹の犬で構成されたメンバーだ。表面上はただの森の番人だが、国のあらゆる仕事を生業としている組織『WISE』だ。君さえよければ新規の人材も受け付けているぞ」
 大した事ではないようにいうハンドラーだが、もしかして自分はものすごい人たちに助けを求めてしまったのではと驚きを隠せなかった。

 翌日、白雪姫がアーニャと遊んでいると大きな爆発音がした。
「ばくはつ⁉」
ドカンという轟音と地響きは立て続けに聞こえ、その音は段々近づいてきた。怯えるアーニャとボンドを白雪姫が強く抱きしめているとロイドは窓からその様子を伺った。
「やはり付近の罠が作動しているようですね。鳴りやまないところからすると、相手はこの罠を潜り抜けてこちらに近づいてきているようです」
「ふむ、難易度Sの罠を越えてくるか…もしかすると噂の継父がお出ましになったのではないか」
「ユーリが⁉」
 昨日からまだ1日程度で自分がここにいると探りあったのかと驚くが、あのユーリなら可能性は十分にある。白雪姫はすぐそこまで来ているかもしれない継父の存在に息をのむ。
「一応確認するが、相手の出方次第では戦闘になることを心得ておいてくれ。まぁ我々も無抵抗な一般人に手を出したりしないさ。よし、全員迎撃態勢に入れ!絶対にこちらからは手を出すなよ!」
 表に立ってくれるロイドや夜帳のことも心配だったが、自分を追ってきているユーリのことも心配でないと言えば噓になる。
「安心してくださいヨルさん、貴方のことは俺が守りますから」
「ありがとうございます。ロイドさんも無理はしないでくださいね。私、みなさんに怪我をしてほしくありません」
 下手をすれば戦いになるというのに怪我をしてほしくないなんて、この人はどれだけ穏やかな世界で生きてきたのだろう。ロイドは白雪姫へ向けているこの感情が今まで感じたことのない気持ちだということは理解できていた。胸がざわつくような、しかし暖かいような…。的確な言葉が見つからない。
 不安そうな顔をした白雪姫を安心させるように頭をポンと触ると、武装した夜帳と共に外へ向かった。
ユーリ以外の男性に触れられたことがない白雪姫は、顔をリンゴのように真っ赤にさせていた。

 轟音が近づくにつれて、もし本当にユーリだったらどうしようと考えていた。ユーリは何をしに来たのか、きっと私を連れ戻しにきたのだろう、戻ったらまたあの城から出れない生活が待っているのか…。しかしこの人たちに迷惑をかけてまで逃げるのはどうなのだろう。
そんな不安を読み取られてしまったのか、白雪姫の腕の中にいるアーニャは笑顔で言った。
「しんぱいしなくてもだいじょぶ!みんなすごいつよい!いざというときは、さいしゅうへーき、アーニャとボンドがいる!」
「ボフッ!」
「ふふ、ありがとうございますアーニャさん、ボンドさん」

 轟音が鳴りやんだ。敵がやられた……のではなく、最悪の想定通り、難易度Sの罠をすべて突破してきたのだ。
「どこの誰か知らんがそこをどけ、お前たちに用は無い。俺が探しているのは美しくて愛らしくて目に入れても全然痛くない可憐な白雪姫だ!」
「この男、想像以上の溺愛っぷりですね。どうしますか、軽く足でも使えなくしましょうか」
「待て、こちらから手を出すなと言われているだろう」
 白雪姫のようにかすり傷一つ付けていないというわけではなく、思いっきり頭から血を流して腕には矢が刺さったままだったが、そんな傷なんともないように振る舞ってる目の前の継父にロイドはただ者ではないと警戒した。
「その中に白雪姫がいるんだろう、隠したって匂いでわかる!こっちは寝ずに探し回ったしもう22時間も白雪姫に触れられてないんだ!死活問題なんだからな!!それともまさか白雪姫が可愛いからってお前らが誘拐して監禁したんじゃないだろうな⁉それは立派な犯罪だぞ!」
 匂いでわかるとかキモっ!城に軟禁していたお前がいうなよ。とツッコミたいのを我慢していた夜帳だが、できれば先輩の周りの女は排除したいためわざと負けてこいつに白雪姫を連れて帰ってもらおうかと画策していた。
「それは誤解だ、白雪姫は自らの意思でここに来た。君とケンカしたと言ってね」
「お前の言葉など信用できるか!白雪姫を出せ!さもないと貴様ら二人とも処刑してやる!」
 どうやら穏便に話し合いでは済まないようだなと臨戦態勢に入るロイド、それを察知した夜帳も同じく臨戦態勢をとる。
「大人しく退けば命は取らないでやろうと思ったのに、バカな奴らだ」
 やっぱり先輩をバカ呼ばわりしたしたこいつは生かしておかない、と夜帳は半歩踏み出す。頭上の木が風で揺れ、木漏れ日が両者の間を遮るように射す。風が止み木漏れ日が消えた時には、両者のこぶしがぶつかっていた。いや、正確には夜帳のナイフをユーリが素手で受け止めていた。
「刃物を振り回すなって教わらなかったのか?」
「ゴミに向けてはいけないと教わった覚えは無いわ」
ナイフと素手での攻防が続き、両者の力は互角に思えたが、ユーリの死角にはロイドが回り込んでいた。

 ロイドは死角からユーリを狙うが、ユーリは右足でロイドの腹部を蹴り飛ばしそれを防いだ。両手は夜帳のナイフを防いでおきながら死角からの攻撃を軸足である右足で防ぐなんて、一体どういう身体構造をしているんだと素直に驚いた。
 夜帳はナイフを素早く動かし、相手との距離を開けさせないように攻める。ユーリは相手がナイフということもあってか、防戦するだけで精一杯。反撃の隙を狙っていたが、そんな隙を与えてはくれなかった。
 ロイドはサイドから弓矢を放ち夜帳に加勢する。ユーリは夜帳に押されているせいでどんどん小屋から離れてしまった。
早くこいつらを片付けないと!このナイフ女と少し距離を取れればなんとかなるが、あのすかした野郎がそれを邪魔しやがる!先にあの男を片付けるか!
ユーリは夜帳が予想していた軌道から大きく外れロイドの元へ走った。しまった!と慌ててユーリの後を追う夜帳をロイドは声を荒げて制した。
「ダメだ夜帳!!」
 なんのことかと気づいたときには、ユーリのこぶしが顎に直撃していた。グラグラと視界が揺れ動き、ロイドの姿が視界の端でにじむ。
ドサッと音を立てて倒れた夜帳を助けたいが、この男をどうにかしなければならない。
「仲間を助けようなんて思うから隙を突かれるんだ。大事なものは一つだけでいい、自分の手で守れるものだけでいいんだ」
 確かにこいつの言うことも間違ってはいない。仲間がいることでもメリットデメリットはある。大切なものが多いほどすべてを守ることは難しくなってしまう。そうして守れずに手からこぼれ落ちてしまったものはどうなるんだ…それがわかっていながらも、抱えきれないほどのものを守りたいと思うのは傲慢なのだろうか。

 「外の様子が気になるか?」
ハンドラーに声をかけられ、いつの間にか窓に近づこうとしていたことに気づきハッとした。
「はい…本当にユーリがすぐそこまで来ているのですね…そしてロイドさんも夜帳さんも私のために戦っている…」
 自分の事なのに、自分の行動のせいでみんなを巻き込んでしまっているのに、こんな安全圏で1人じっとしていることがもどかしかった。外に出たところで自分に何ができるかなんてわからない、もしかしたらそのままユーリに連れていかれてしまうかもしれない。
 ここで守られる覚悟もなく、立ち向かう勇気もない。中途半端な気持ちのせいで座ることも進むことも出来ず、ただ立ち尽くしていた。
「君がそれを望んだんじゃないのか?」
「そう…です。でも、守られるというのはこんなにも辛いんですね…」
「そうか、そう感じられるのは、君にはその力があるからじゃないのか?自分本位で非力なものはそんな風に思わない」
「でも、外に出たからと言って私に何ができるのか…」
 もしかしたらこの人には私の心が透けて見えているのかもしれない。それなら私の中にある本当に望んでいる答えを引きずり出してほしい。
「そんなことやってみなければわからんだろう」
「え?」
「外に出てただ見ているだけなのか、それとも戦いの邪魔になってしまうか、それとも心変わりして継父の元へ戻るか…そんなの予知能力でもない限りわからん。ただ確実なのは、動かなければ何も得られまい」
「動かなければ…」
 その言葉がすっと私の心に入り、まるで足りなかったピースのようにピタリとはまるようだった。
「私、外に出ます!出てユーリを止めます!」

 正直なところ夜帳と自分がいればなんとかなると思っていたのだが、夜帳が倒れてしまったうえに、敵の強さが酔想像以上だった。あれほど過信するなといつも言い聞かせているのに、何たるざまだ。自分が一人でこいつを倒せるか、もしダメだったヨルさんはどうなる、ハンドラーは次の手を考えているのだろうか。
 「おい、戦闘中に考え事とは余裕だな」
 油断したつもりはなかった。しかしその一瞬の隙を相手が見逃すわけもなく、しまった!と思った次の瞬間には、強烈な右ストレートが左肩を捕えていた。ジンジンとした痺れを感じ、一発の重みが半端ではない。すぐに次の攻撃が来ると急いで右手でガードするが、左肩が先ほどより動きが鈍くなってしまっているぶんバランスを崩してしまった。
「ガハッ!」
「せん…ぱい…!」
 夜帳の意識はまだ朦朧としており、ロイドを助けたい気持ちはあるが動くことはできなかった。動かない体に必死に力を入れ、ロイドを殴りつけたユーリを亡き者にしようと睨みつける。
ユーリはそんな夜帳を知ってか知らずか、再び立ち上がったロイドを鼻で笑った。
「ハッ!二人がかりでこんなもんとは大した事ないな。さっさとそこをどけ」
「それはできない…俺はあの人に約束したんだ、俺が守ると。あの人の平穏を守りたい、あの人の大切なものを守りたい、できれば俺の手で…そう思ってしまったんだ」
「っ!お前のような奴が白雪姫を守れるわけがない!ていうか守らせない!白雪姫を守るのは僕なんだ!僕が永遠に守るんだ!」
「ユーリ!!」
声のした方へ目を向けると、黒く美しい髪をなびかせた白雪姫が立っており、その目に溜められた涙は今にもこぼれそうだった。
 ロイドさん、夜帳さん…私を守るためにと出ていかれたのに、こんなことになるなんて…私のせい、私のせいで…。私がこの方たちに頼らなければ、私は我儘を言ってあの家を飛び出していなければ、こんなことにはならかったのに…。
「白雪姫!よかった!無事だったんだね!どこか怪我はしてない?こいつらに酷いことされたんじゃない?待っててね、今こいつらを倒すから!」
 先ほどまでの殺気が嘘のように満面の笑みを浮かべたかと思うと、倒れているロイドにトドメをさそうと足を大きく振り上げた。
「やめてユーリ!この人たちは私の大切な人たちです!」
「な、なんでなんだ白雪姫!こんな低俗な奴を庇うなんて!まさか脅されているのか⁉くそっ!どこまでも卑怯な奴らめ!」
「ち、ちが…!違いますユーリ!」
 涙を流しながら必死に叫ぶが、何を言ったらいいのか、何を言えばいいのか、悲しみや後悔、罪悪感、いろんな感情が混ざり合い、上手く言葉が出てこなかった。
白雪姫の後につられて出てきたアーニャとボンドは、そんな白雪姫の足をつんつんとすると、だいじょぶ!アーニャおうえんするます!と笑顔を見せた。
「はい…!ありがとうございます!」
 手のひらで涙をゴシゴシと拭い、大きく息を吸い気持ちを落ち着かせると、夜帳とロイドの元へ駆け寄った。

「夜帳さん、大丈夫ですか!どこかお怪我は⁉」
「アンタ…なんで…」
「怪我した人を放ってはおけません。こんなにボロボロになるまで無茶をして…」
 白雪姫は夜帳を抱き上げるように起こし、木に寄りかかるように座らせた。
「ごめんなさい、私のせいで…」
「そうよ…アンタが来たせいで先輩が…私はアンタを許さないから」
 “許さない”それは自分に向けられて当然の言葉だと思った。自分がもっと早く外に出ていれば、2人がこうなる前に止められたかもしれない。後悔してももう遅いが、今は後ろ向きな気持ではなかった。 “遅かった”だからこそ、今自分にできることをするためにここにいるのだ。
 白雪姫は夜帳の応急処置を済ませると、ロイドの元へ向かった。
「ロイドさん大丈夫ですか、私に掴まってください」
「し、白雪姫、さっきから何してるんだ…なんでそいつらのこと助けてるんだよ」
 ユーリは震える声で白雪姫に尋ねるが、まるで聞こえていないのか返答はなかった。
「白雪姫が僕のことを無視する!なんで!ねぇなんで⁉まさか反抗期なの⁉それとも僕が追いかけてきたから⁉まだあの事怒ってるの⁉いやだぁ!いやだよぉぉ‼僕が悪かったから!全部僕が悪いから!お願いだから無視するのはやめてぇ!物理で殴られるより心にくるよぉぉぉおおお‼」
 いい歳した大人が泣き叫ぶ姿があまりにも哀れだったのか、ロイドはそっと白雪姫を促した。
「ありがとうございますヨルさん、俺はもう大丈夫ですから。彼に言うために出てきたんですよね」
「はい、アーニャさんにもボンドさんにも、ハンドラーさんにも背中を押していただきましたから、私はもう逃げません」
 そういうと白雪姫は立ち上がりユーリと対面した。
「ユーリ、勝手に家を出てしまってごめんなさい」
「白雪姫!よかった、わかってくれたんだね!じゃ今すぐーー」
「でも私はあの窮屈な暮らしが嫌だったんです。ずっと城の中に閉じ込められたままで、散歩にも行けなくて」
「そ、それは…」
 それは白雪姫のため…といつもなら言っていたが、もうその言葉は通用しないのだろうと悟り言葉に詰まってしまった。
「それは、ユーリの愛情だったんですよね。ユーリが私のことをとても大切に思っていてくれたこと、ちゃんとわかっていますよ。私だってユーリのことが大切ですから。でもあの生活は私には息が詰まってしまうのです」
「それなら今度から散歩してもいいから!毎日僕と一緒に散歩しよう!他にも不満があるならなんでも言って!白雪姫のためならなんだってするよ!」
「ありがとうユーリ」
 自分のためにとこれだけ言ってくれるその気持ちが嬉しかった。今まで抑圧されていたこともあるが、これならあの城でも楽しく過ごせるのではないかと、素直にそう思えた。このままユーリと一緒に戻って今まで通り一緒に過ごす。それが私の望んでいた未来だった。
 ことの発端となってしまった自分が言えたことではないが、自分のせいで誰かが傷つくのは見ていられない。ここの人たちにも沢山迷惑をかけてしまったから、できるだけのお詫びをしないといけない。自分を招いてくれたハンドラーさん、一緒にいて勇気づけてくれたアーニャさんとボンドさん、私のためにと戦ってくれた夜帳さんとロイドさんにも…。

 ロイドに視線を向けると、その青い瞳も白雪姫を見ていた。何か言いたげな表情だが、それを言葉に出してしまうことを躊躇っているような。
白雪姫はその瞳に笑顔を向けた。もちろん心が読めるわけでもないので何を言いたいのかはわからない。しかし不思議なことに、なんとなくわかった気がしてしまった。それは直感ではなく、もしかしたらそう思っていてほしいという自分の願望かもしれない。言ってくれないのであれば正解なんてわかるわけないが、それでもこの自分の気持ちはもう変わらない。誰になんといわれようと、自分の本当の気持ちに気付いてしまったのだ。
「ユーリ、私はもう自分のことは自分で決められます。だから家を出ます、家を出て、この家で皆さんと暮らしたいんです」
「な、何言ってるんだ白雪姫、出ていくって…しかもこいつらと暮らすなんて」
「わーい!しらゆきひめといっしょ、アーニャうれしい!」
「ボフッ!ボフッ!」
「ふむ、いい戦力になりそうだからな、私は構わんよ」
「そんなの絶対にダメだ!こんな野蛮人たちと関わっちゃいけない!やっぱり力づくでも白雪姫を連れて帰るべきだ!」
 取り乱したユーリは白雪姫の腕を強く掴んだが、ロイドがその腕を掴み制した。
「放せこの野郎!僕は白雪姫を連れて帰るんだ!こんなところにいるから白雪姫がおかしくなったんだ!」
「放すのはお前の方だ、お前はヨルさんの気持ちを尊重しないのか」
「白雪姫はお前らに洗脳されてるに違いない!だから僕が助けるんだ!」
「ユーリ、私の目を見てください、私は洗脳なんてされていません。だってこんなにユーリのこが好きなんですよ」
 大好きな白雪姫にそう言われてしまってはもう何も言えないと、不服そうだが言葉を飲み込んだ。そんなユーリから視線をロイドにうつし、白雪姫は真っ直ぐ青い瞳を見つめた。
「ロイドさん、私もここで一緒に暮らしてもいいでしょうか」
「ハンドラーが認めているなら、俺はその指示に従うだけです」
「いいえ、私は黄昏さんではなくロイドさんに聞いているのです。私を招き入れてくださったのはハンドラーさんですが、私を守ると言ってくださったのはロイドさんです。私はそんなロイドさんを素敵だと思いました。だから…ロイドさんとこれからも一緒に居られたらと…」
 リンゴよりも紅く美しい瞳の前でその申し出を断れる者はいるのだろうか。それとも昨日から感じているこの胸の暖かさや鼓動の速さと何か関係しているのだろうか。この気持ちが何なのかはわからないが、今の心境ならきっとこの言葉がぴったりなのではないか。
 “俺はこの美しい紅い瞳と漆黒の髪をなびかせる彼女に魅了された”
 もちろんそんなこと言葉にするつもりはないが、自分の素直な気持ちをほんの少しだけなら言ってもいいのだろう、今は黄昏ではなくロイドなのだから。

「はい、俺もヨルさんにここにいてほしいです。ヨルさんがいると明るくなりますし、きっと楽しくなると思います」
「ありがとうございます、これからよろしくお願いします」
「待て待て!白雪姫がここに住むなら僕もここに住む!それにお前!さっきから白雪姫を馴れ馴れしく名前で呼ぶんじゃない!僕だって呼んでないのに!」
「悪いが君は許可できない。信頼に足るだけの要素がみられないからな」
「ていうか私はまだあの女を認めてはいませんけど」

 こんな感じで、とりあえず白雪姫は森の番人“WISE”の仲間として加わることができた。
 ハンドラーの見立て通り白雪姫は即戦力として活躍し、ロイドや夜帳と肩を並べるほどだった。また母のようなその優しさからアーニャとボンドはすぐに白雪姫に懐き、情報部隊兼発明家というフランキーともすぐに打ち解けた。時折夜帳とバトルを勃発させることもあるが、こうして白雪姫は仲良くくらしました。
めでたしめでたし。

 

それから数日後、小屋には再びあの轟音が響いてきた。
「白雪姫!会いに来たよ!」
「はぁ~、毎日毎日会いに来るのやめてくれないか。そのたびに罠を仕掛け直さないといけなんだが」
 ロイドは招いてもいない客人を怪訝な目で対応する。
「だったら僕もここに住まわせればいいだろ!」
「それはダメだ」
 毎日こんなやり取りをしているためロイドは食い気味で断るが、もちろんそんなことはお構いなしに小屋へ入っていくユーリ。白雪姫―!と笑顔で手を振るが向こうはそれどころではなかった。
「ちょっと!だからなんでそうなるのよ!もうアンタ2度と料理しないで!」
「ふぇぇ、すみませーん!」
「まただーくまたーができてしまった…」
「ボフゥ…」
 そんな光景を眺めていたハンドラーは、うちもだいぶ賑やかになったものだな、とポツリと呟いた。自分でも気づかぬうちに言葉を発してしまったことにハッとすると、ほんの少しだけ口角が上がっていることに気付いた。ふふっと笑ったところをロイドに目撃されてしまった。
「ハンドラーが笑った…不気味だ…」
「何が不気味だ。黄昏とそこのお前、白雪姫が作った食事をちゃんと処理しておけよ」
「なっ…!」
「白雪姫のご飯⁉やったー!」
 それはもはや死刑宣告と同様の言葉を意味することをこの数日間で思い知っていた。
「昨日よりはうまくできたと思うのですが…」
 白雪姫はおずおずと自らが調理した黒い何かを2人の前に差し出した。喜んで食べようとするユーリと、真っ青な顔をして食べようとするロイドを助けようと、私が食べます!と夜帳は料理を自分の元へ引き寄せる。
 食べた2人がどうなったかは詳しく語れないが、それはまるで毒のようだったらしい。