キャスパーの書庫

キャスパーです。 大好きなアニメの妄想モリモリの二次創作小説をぽつぽつと書いていこうと思います。 アニメ全般大好きなので、広く繋がっていけたらいいな。

『トドメの一撃』MVモチーフ企画 ~船での出来事~

 

sistern@SHkzmさん主催の黄いばif・ロイヨル企画の参加作品です。
スパイファミリーのED『トドメの一撃』のMVと歌詞をモチーフにして、その世界観を書かせていただきました。

 

#TMT_cruise_night」から辿って、他の方の素敵な作品も是非読んでみてください。

 

 

 

     ♢     ♢     ♢  

 


 煌びやかな内装に洗練された一流のスタッフたち。プールや劇場、カジノまで供えられた世界有数の豪華客船に乗るなんて一生に一度だってあることじゃない。もちろん乗り込む客だって一流。不動産や上場企業のオーナー、資産家に医者や売人など。そんな人たちに紛れて、海風が心地よいテラスからこの景色を一望する。

 

 乗り込んだ時は資産家と名乗っているのでこの豪華な部屋も遠慮なく使えるけど、残念ながらそれも一時に過ぎない。
 今回の仕事はこの豪華客船に乗り込んでいるターゲットの暗殺。私は歌手として変装し、ターゲットを確認、または接触するため、そこの床に転がっている男性の服を今から剥ぎ取る必要がある。

 

 あぁ、この男性はショーで歌う予定だった歌手ですけど、先ほど私の部屋に呼び出し交代してもらいました。もちろん交渉する余地はなかったので、失礼ですけど少し強引にさせていただきました。

 

「そろそろ支度しないとですね」

 もう少し心地よいこの風に当たっていたかったけど仕方がないとテラスを離れ、男性が着ていた服に着替え始めた。最後にジャケットとサングラスも拝借し、クローゼットの隅に隠されていたターゲットの指示書を取り出し高級なソファにゆったりと座りながら中身を確認する。

 1人目はショーン・マイク、表向きは大企業の社長だが、裏ではマフィアに通じており巨額の投資しているらしい。2人目はジョセフ・ベルネット、不動産オーナーで売人と通じている。3人目、ベイリー・アーデン、医者。4人目、ビッツ・ケネリー、5人目、6人目とターゲットの写真をめくっていくと、最後の一枚に写っていたのは私の恋人だった。

 

 正確に言うと恋人だった人。この船に乗る前、休暇で過ごしたあの街で出会った、私の束の間の恋人。
 どうして貴方の写真がここに…。よく見ると名前は違う、もしかしたら似ているだけの人かもと思ったけど、あの人の顔を見間違えたりしない。やっぱり私の愛したあの人だった。
貴方は今頃あの街にいるのでは?またあのカフェでモーニングを食べたり、新聞を読んだりしているのではないの?だからこんな船に乗っているわけがない…。
 心が締め付けられるような感覚に胸が痛くなった。嘘であってほしいと強く願っても、写真の隅にシワがつくだけで、彼の表情は何も変わらなかった。

 

 彼と過ごしたのは2ヶ月にも満たない、それでも確かに私とあの人は恋人でした。
私みたいな人間が抱いていい感情ではない、一時の気持ちに身を委ねてはいけない、恋なんて身を滅ぼすだけの愚かなもの、時期が来ればこの街を去らなければならない、次に会える保障なんてない。そんなことわかっています。それでもこの気持ちを止められなかった私は、この休暇中だけと自分の中で期限を付け一時の恋情に溺れた。
 彼の手が私の頬に触れるたびに願った、この時間が永遠に続いてほしいと。彼の腕に抱かれながら願った、夜が明けないでほしいと。だから私は祈った、何度も、何度も。彼の背中の傷を見ないふりをして…。

 

 ターゲットの写真を灰皿の上で燃やす。音もたてずに、写真だったものは灰になって消えていく。
神様も意地の悪い…あんなに願ったのにこんな形で再開させるなんて。これも日頃の行いが悪いからか、それともこれも運命なのか。

 

 彼は一体何者なの?
 私は彼を殺さなくてはいけません。
 私にそれができるの?
 私は殺し屋です。
 彼を愛していたのに?
 命令は絶対です。
 それでも嫌だと言ったら?
 私を殺すまでです。

 

 写真がすべて灰になったことを確認して立ち上がる。髪を整えて、サングラスを付ける。ショーまでにはまだ時間はあるけど、計画や下準備などやることは沢山あるから。ドアへ向かう途中に一度だけ振り返り灰の山を見た。
 結局どんなに祈りあった未来でも、貴方と私の道は違うのですね。
 窓から入ってきた心地よい海風は、燃えた焦げ臭い匂いを外へ運んでくれた。

 

 今回のターゲットは全部で8人。スポットライトが当てられたステージは少々眩しかったけど、サングラスがいい仕事をしてくれたおかげでターゲットの顔もよく見える。
1人目のショーン・マイク、2人目のジョセフ・ベルネット、3人目、4人目とターゲットを確認し、8人目の彼は最前列に座っていた。
 久ぶりに見る彼の顔は、少し雰囲気が違っていたけどあの時のままだった。私だけに向けてくれた優しい表情こそ見れないものの、その眼鏡の奥に潜む瞳をよく覚えている。
 テンポのいい音楽が流れ始める。歌って、踊って、すべての視線は私に注がれる。注目を集める必要がある。だからその明かりは邪魔なの、と男を指差し吸っていた葉巻の火を消す。

 

 この先どれだけの困難が待っているのか。明るい道を歩けるとは限らない、きっとすぐ闇の中。
歩いても歩いても続く道を、私は一人で歩いて行く。でももし、そんな私のまえに小さな希望が現れたら?それは綺麗な金色の光の粉で、私の周りを明るく照らしてくれる。
すごく綺麗、これなら暗い道でも安心して歩ける…なんて、きっと私のちっぽけな魂なんて見透かされているのでしょう。
 それなら、手のひらいっぱいに金の粉を集めて、この先もずっと照らしてくれるように、空に光の矢を放ってやりましょう。そうすれば、もう1人じゃなくなるかもしれないから。

 

 リズムに身を任せ、もう必要ないとサングラスを外す。あの人が私の目を見つめた。しっかりと私の瞳を捕えて、じっと胸の奥まで見られているみたい。私も彼の瞳から目を離さない、もう私だとバレているだろうけど、そんなことどうでもよかった。
 彼に会えただけで、彼の顔を見れただけで、彼と見つめあうことができただけで……この胸の高ぶりがそれを証明していた。

 

 “さぁ、終わりを始めましょう”

 

 静かにウィッグを取り、手のひらに集めた光の粉を矢にして空に放つ。それを合図にあちこちで爆発が起こった。観客たちはパニックになり我先にと逃げ惑う。

 

 本来ならターゲットが複数でも一人一人確実に殺していく、それが私のやり方。しかしこの陸から孤立した船内で人が殺されたなんて騒ぎになったら船内は当面封鎖。劇やショー、プールといった場所もすべて使用禁止になるでしょう。そんななかで8人も仕留めるのはなかなか骨が折れそう、だから船ごと爆破する計画を立てた。沢山考えたけどそれしか方法がなかった。
 関係のない方には悪いですが、どうせここにいる大半は裏社会の人間ばかりだと聞いたので、まぁ問題ないでしょう。
 私も生きて帰れるかわかりませんが、それだけ本気なのです。本気でターゲットを、あの人を殺します。 
 きっと私の本当の姿に彼は驚くでしょう。隠していたことを怒るでしょうか。
 確かに私には秘密がありました。でも、彼との関係は偽りなんかじゃなかった。

 鳴り止まない爆音、崩れ落ちる瓦礫、ゆらゆらと踊るシャンデリア、人々の悲鳴は共鳴にすら聞こえる。誰かのバッグやハイヒールが床に転がり、人間の醜悪さを凝縮したような地獄絵図がまさに描かれているこのショー劇場で、私と彼だけが別世界にいた。
 彼は私の目を見つめ真っ直ぐこちらに近づいてくる。私も彼から目を逸らさず見つめ返す。
それは怒りでもなく、落胆でもなく…ただ優しく見つめるいつもの彼の瞳だった。
 こっちにきて、もっと…あの日海辺を歩いたときみたいに手を繋いで。
 彼は差し出した私の手を取る。久しぶりに触れた彼の手はあの時と変わらず暖かかった。すべての神経がそこに注がれ、彼の手から伝わる体温と鼓動が体中をぞくぞくと震わせた。その感覚だけが、これが夢じゃないと示してくれている唯一のものだった。

 

 目を見つめるとあの日のことを思い出す。やっぱり、祈りあった未来とは違う道になりましたねって、きっと彼も私と同じことを思っている。この人を殺すなんて私にはできない、やっぱりやめときます。だからせめて今日の夜は隣に居させて、今夜だけは私に守らせて。
 そして今日の夜が明けたなら、あのカフェテラスで待ち合わせしましょう。またサンドイッチでも食べながらくだらない話をして笑いたい。
 もしそれが叶ったのなら、明日の夜も守れるように、こっちにきてもっと。
 そうしたらもっと一緒に居られるから。
 この先長い長い道でも、貴方となら歩いて行ける、だから私に守らせて。
 彼に吸い込まれるように自然と距離が近くなる。
 今なら彼を確実に殺すことができるし、彼も私を殺すことができる。
 例え今彼に殺されたとしても何も文句はない。
 彼のメガネが私の頬にあたり、少しだけ金属的な冷たさを感じた。それすらも懐かしいと思え、一瞬体が震えた。
 船内の騒音や爆音すら私たちの再開を祝う花火のようだった。