キャスパーの書庫

キャスパーです。 大好きなアニメの妄想モリモリの二次創作小説をぽつぽつと書いていこうと思います。 アニメ全般大好きなので、広く繋がっていけたらいいな。

フォージャー家 夏のバカンス

 

 清々しいほどの青い空と白い雲、夏の強い日差しが窓辺から差し込み、見ているだけで体力とやる気が吸われそうだ。
そしてまさにそれを体現している少女がここに一人…。
「うぅ…ちょっときゅうけいしたい…」
「ダメだ、まだ始めて10分しか経ってないぞ、せめてそのページが終わったらな」
「ちちのおに~」
 机に並べられたプリントを見てつい“うげぇ”と声を漏らす。
 夏休みに入って計画的に宿題をするようにと散々言われていたのだが、一枚目に手を付けたところで詰まってから放置していたのがバレてしまった。
 仕事が忙しいからとちゃんと見てなかったから…と疲労の溜まった顔で溜息をもらすロイドの心労を知ってか知らずか、アーニャは追い打ちをかけるようにある提案をした。
「アーニャ、なつのりょこういきたい」
「どうした急に」
ベッキーもじなんも、みんなりょこうにいくっていってた。あー、アーニャこのままじゃわだいにのりおくれてくらすからこりつするかもしれない」
 棒読みの悲劇のヒロインは、チラチラとロイドの顔色を見ながら心を読んだ。
 確かに旅行も検討していた。学校が学校だけに旅行に行く生徒は多いだろう、アーニャだけがその話題に入れないのも可哀想だし、何か夏の思い出を作ってやりたいとも思っていたからな…アーニャの発言はもとより予想済みだったロイドは本格的に旅行の計画を立てるべきかと検討していた。
「旅行に行くのはいいが、ただし条件付きだ」
「じょうけん?」
「旅行の日までの宿題を終わらせること、今から計画して早くても行けるのは1週間後だろう、それから旅行が3泊4日くらいと過程して、今まで貯めていた分とそれらすべて終わらせることが出来たら連れて行ってやる」
「やったー!おでけけおでけけ♪」
「おい、宿題のことを忘れるなよ」
「おーきーどーきー!」
 本当にわかってるのか?と不安になりならがも、こんなに嬉しそうにはしゃぐ姿につい頬が緩んでしまう。
「はーはー!ちちがおでけけいくって!」
「え、おでかけですか?」
 部屋にいたヨルがドアから顔を覗かせこちらにやってきた。
「いえ、アーニャに旅行にいきたいとせがまれたもので」
「旅行ですか、いいですね!どちらに行くかはもう決まっているんですか?」
「いえ、それはまだ…それより突然決めてしまいましたけどヨルさんの予定は大丈夫でしたか?」
「はい、早めにわかっていれば仕事の方は調節できますので大丈夫です」
「アーニャうみいきたい!」
「海といってもいろいろあるからな」
「いたにのってなみのうえはしるやつやってみたい!」
「板に乗って…サーフィンのことか、あぁいうのは一朝一夕でできるようなものじゃないぞ」
「それならシュノーケリングはどうでしょう、海の中を泳ぐお魚さんたちが見れますよ」
「確かにそれならアーニャでもできそうですね」
 シュノーケリングができる場所をいくつかピックアップして、そこから旅行の候補地を決めましょうというロイドにアーニャもヨルもテンションが上がるばかりだった
「アーニャもうたのしみすぎてあしたいきたい!」
「ふふふ、そうですね、明日はちょっと無理ですけど早くいきたいですね」
「そうだぞ、いろいろ準備があるんだから明日なんて…はっ!おいアーニャ、忘れてないと思うが宿題の条件をクリアしないとお前は連れて行かないからな」
 無慈悲にも現実に引き戻すロイドの発言に、ガーン!と口を大きく開けうなだれるアーニャ。忘れてると思ってたのに!ていうかアーニャもう忘れてた!としっかり顔に書かれている。
 頑張って終わらせましょう!私も手伝いますから!とヨルに背中を押され再び机に向かう。
 机に広がる真っ白い紙を見て、くしゃくしゃに丸めて窓から外に投げたら、雲になって飛んで行ってくれないかな…と窓の外に広がる清々しいほどの青い空と白い雲を見つめる。

 

「えっと、着替えと化粧品…あと何を持っていけばよいのでしょうか?シャンプーや化粧水などは向こうにあると思いますし、これくらいでしょうか。旅は身軽な方がいいですからね。さて、アーニャさんは荷造り終わりましたでしょうか」
 自室を出てアーニャの部屋を覗いたヨルは思わず悲鳴を上げた。
「い、一体何が…」
そこには、胴体と頭は押しつぶされ、腕は今にも千切れそうな無残な姿が広がっていた。
「アーニャさん…」
「ふっ…ふっ!」
「アーニャさん!」
「ん?どうしたはは?」
「これは一体どういうことでしょうか…」
 ヨルは声を震わせながら今にもアーニャの圧力によって四肢が千切れそうなキメラさんを見た。
「キメラさんもりょこうにつれていこうとおもったけどぱんぱんではいらなかったからむりやりつめこんだ、ぺんぎんマンはてでもっていく」
 この惨劇とは裏腹に無垢な瞳の少女はそう答えた。
「なるほど、そうだったのですね。キメラさんは手足が出てしまっていますのでなんとか鞄に入れば持っていけると思いますよ。でもぺんぎんマンさんはどうでしょう…これはロイドさんに聞いてみるしかないですね」
「うい!ちーちー!」
 元気よく走りだし、すでに荷造りを終えていたロイドにぺんぎんマンのことを訪ねた。
「ダメだ」
 何を当たり前のことを…と言わんばかりに呆れた顔のロイド。コイツの用意した荷物を一度確認してみたほうがいいだろうなとため息を漏らす。
「そんなぁ!ぺんぎんマンだけおるすばんなんてかわいそう!」
「ぺんぎんマンだけじゃないぞ、ボンドも留守番だ」
「えぇ⁉」
 アーニャの驚く声に、ボンドはわかってましたよと言っているように“ボフゥ”と小さく吠えた。
「日帰りじゃないし今回は飛行機に乗るんだ、残念だけどボンドには負担が大きすぎる」
「そ、そんな、でもボンドのごはんとかは…」
「もちろん既に手配してある、ボンドはペットホテルで預かってもらうから俺たちが帰ってくるまで快適に過ごせるし、何かあったらフランキーに連絡がいくようになってるから問題ない」
「うぅ…ボンド!ボンドのぶんまでたのしんでくるからな!おみやげもかってくるから!」
 白い毛に埋もれるようにボンドに抱き着くアーニャ。そして立ち上がったロイドはこう言った。
「それじゃお前の荷物を確認しに行くぞ。もちろんぬいぐるみや余分なものは置いていくからな」
「ハッ!キメラさんがあぶない!ちち!いっちゃだめだ!」
 アーニャが言い終わるかどうかの時には、すでにロイドはアーニャの部屋のドアに手をかけていた。
 その後、ロイドを追いかけて自室に入っていったアーニャ…しばらくすると、やーーめーーてーーー!!という悲痛な叫び声が響いていた。

 

 表示された座席番号を見つけると、無機質に並べられた座席の一つに勢いよく座った。
「おー、すわりごこちもまぁまぁわるくない、でもできればアーニャこしつがよかった。これぷらいべーとじぇっとじゃないのか?」
「一体どこでそんなこと覚えたんだ…そんなことできるのは政府の要人か金持ちだけだ。ヨルさん、こちらにどうぞ」
 アーニャを窓側に座らせ、その隣の席をヨルに促す。
「ありがとうございまず。すごいですね、こんなに大勢の人を乗せて飛ぶことができるなんて」
「フッ、ついにアーニャもそらをとぶ…アーニャのじだいきた!」
 荷物をしまい終えたロイドは、飛行機の中ではしゃぐなよ、と言いながら座席に座る。
 いくら飛行機が初めてといっても、周りの迷惑になったり目立つのはご法度だ。
 アーニャは横の小さな窓から外を覗き見ると、大きな白い翼とよくわからない大きな丸い筒のようなものが見えた。本当にこんな大きな飛行機が空を飛ぶのかとそわそわしていると、突然女の人の声が聞こえた。
「当機はまもなく出発いたします。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください」
「ちち!しゅっぱつするって!だ、だいじょぶか⁉」
「お前がな、いいからちゃんとシートベルト締めて大人しくしてろ」
「私も飛行機に乗るのは初めてなので緊張してしまいます。お、落ちたりしないでしょうか…」
「ヨルさんまで…大丈夫ですよ、そんな滅多に落ちるものじゃないですから」
「ということは落ちることもあるってことですよね…」
 本当に怖いのか、それともアーニャに感化されたのか、ヨルは顔を強張らせたまま目だけロイドの方を向けた。
「お、おちる!このひこうきおちるのか⁉」
「バカっ!そんなわけないだろう!大丈夫だから静かにしてろ!」
 そんな縁起でもないこと、ましてや機内で言うなんて!と冷や汗をかき、周りの人たちにすみませんと頭を下げた。
「うをぉぉぉぉ!ちち!アーニャとんでる⁉ そらとんでる⁉」
「いや、まだだ」
「でもアーニャすごいちからをかんじる!」
「今飛ぶために加速してるからな、それは重力だ」
「まだとんでないのにこんなちからが…!とんだらいったいどんなことになるんだ!」
「大丈夫です!もし何かあったとしても、アーニャさんとロイドさんは私が守りますから!」
 ただ飛行機が離陸しているだけなのに、まるでとんでもない危機に直面しているかのようなリアクションをする2人を横目で見る。頼むから本当に静かにしてくれと思いつつ、これもいい体験になるかと、ロイドは横目で機内を見渡す。

 

「うみだー!」
「ふふ、アーニャさん、元気になってよかったですね」
「そりゃあれだけ寝ていれば元気にもなりますよ。飛行機に乗った時はあんなにはしゃいでたのに、しばらくしたら爆睡してましたからね」
「昨日楽しみで眠れなかったみたいですから」
 さきほどまで眠そうにヨルに手を引かれていたはずが、いつの間にか1人で海に向かって走り出していた。
「ちちー、アーニャうみはいるー!」
「海は明日入るから今はやめておけ」
「あしたってしゅのーなんとか?」
「あぁ、シュノーケリングな。今日はとりあえずホテルに向かいながらあたりを散策して、寄りたいところがあったらあとで行ってみよう」
「さきほど賑わっている場所を見かけたので、もし時間があれば行ってみたいです」
「いいですね、この辺は有名な観光地ですから、きっと美味しいものや楽しいものが沢山ありますよ」
「おいしいものとたのしいもの…ちち!はは!はやくいこう!」
 大きな目に海の輝きを映しながらロイドとヨルを手招きする。心変わりが早いですねと微笑むヨルに、さっきまで海に入ろうとしてたくせに…とつられて微笑んだ。

 ホテルに荷物を置き身軽になった一行は、ヨルが気になっていた広場に来ていた。
 そこは屋台が所狭しと立ち並び、地元の人はもちろん観光客でにぎわっているようだった。
「こんなに多いと、どこから見たらいいか迷いますね」
「本当ですね…アーニャさん、人が多いのではぐれないように手を繋ぎましょう」
 アーニャはヨルに手を差し伸べながらも、意識はすでに屋台一色だった。
 美味しそうな地元の魚やフルーツ、それを調理したいい匂いが広場中に漂い、キラキラした装飾品やおもちゃ、お土産のようなものまで多種多様だ。
「あっちからあまくていいにおいがする…でもあそこのホットドッグみたいなやつもたべてみたい…たいへんだ、これじゃアーニャからだがいくつあってもたべきれない!」
「ここにある食べ物の屋台すべて食べつくす気か?」
「みんなで分ければ沢山食べれるかもしれませんよ、まずはどこから行きたいですか?」
「えっと、えっと…アーニャあそこいきたい!」
「美味しそうですね、行ってみましょうか」
 アーニャが指差した方には、甘い匂いを漂わせた菓子が売っていた。まるで小さく丸いドーナツのような匂いと外見で、カップにはいろんな種類が詰め込まれていた。
「きゃらめるなっつおいしい!」
「このバナナクリームもおいしいですよ」
オレンジピールは少し苦味があって甘い生地とよく合うな」
 一つのカップを囲み3人で感想を言いながらつまむ。あっという間に食べ終わるとまたアーニャは次の屋台へ向かって走り出した。
 こっちこっち!と手招きされた先は、こんがりといい匂いがするホットドッグのお店だった。
「これは美味い!噛むたびに肉汁が溢れてくる」
「んー!ほんとです!普通のソーセージと違ってもっと肉肉しい感じですね、スパイスもよく効いています」
「あふっあふっ!あちくてアーニャだけたべれない!」
「あら、ふーふーして冷ましてあげますね」
 その後も何件か屋台を周り、3人は空きベンチでコーヒー休憩をしていた。
「調子に乗って食べすぎましたね、ホテルのディナーはちょっと時間を遅らせましょう」
「美味しそうなお店が多くて1日では回り切れませんね」
「アーニャもうおなかいっぱい…」
 そういいつつもアーニャの視界には、人混みの向こうにある美味しそうなジュース屋さんを捉えていた。ちちとははだけこーひーのんでずるい!アーニャもあれのみたい!そう思うが先に体が動いてしまっていた。
「おれんじじゅーすください!」
「はいよ…お嬢ちゃん金はもってるのかい?」
「おかねはちちが…しまった!ちちよんでくるのわすれてた!」
「それじゃジュースは売れないよ、またお父さんと一緒に来てくれ」
「うい!ちちよびにいってすぐもどってくる!」
 踵を返してロイドたちのもとへ戻ろうとするが、人が多すぎてどちらからきたかわからなくなってしまった。
「これはぴんちのよかん…アーニャ、もしかしたらまいご?」

 すぐに自分の置かれている状況がわかったアーニャ、ロイドたちが探しに来てくれることを期待したいがこの人混みではきっと小さな自分を探し出すのはもっと難しいのではと感じていた。
 こころのこえきいてアーニャのことさがしてるちちとははをさがそう!と意識を集中させるが、こう人が多くてはやはり無理だった。
 このピンチをどう切り抜けようか考えていると頭上から声をかけられた。
「お嬢さん迷子かい?お父さんとお母さんは?」
「アーニャちちとははとはぐれた、いまさがしてる」
「そうかい、じゃおじさんも一緒に探してあげよう。あそこの階段の上からならよく見えるんじゃないかな」
「おぉ!おじさんあたまいいな!」
「よし、じゃ危ないから一緒に手を繋いでいこう」
 うい!と手を差し出しそうになった時、男の心の声が流れ込んできた。
 ふふふ、やっぱりガキを誘拐するのは楽勝だな。あとはこのまま階段上の仲間のところまで連れて行けばいいだけだ。アーニャは咄嗟に、こいつわるいやつだ!アーニャのことゆうかいするつもりなんだ!と手を引っ込めた。
「ん?どうしたんだい?さぁいこう」
「いやだ!アーニャいかない!おまえわるいやつ!」
「何を言うんだ、失礼なガキめ!一緒に探してやると言ってるんだからこっちへこい!」
 男はアーニャを小脇に抱え、叫ばれないように口を塞いだ。アーニャがいくら暴れても男の力に敵うわけもなく、必死に声にならない声を上げていた。
「んー!んー!」
 このままじゃほんとうにつれていかれる!どこかにうられる⁉ またけんきゅうじょにつれていかれる⁉ たすけて!ちち!はは!アーニャは涙目になりながら心の中で訴えるが、賑わっている広場では誰一人として振り向く人なんていなかった。
「おい、うちの子をどこへ連れていくつもりだ」
 聞きなれた低い声に顔をあげると、怒りを露わにしたロイドが男の手を掴んでいた。
「いだだだだだ!何すんだよ!迷子だったから一緒に親を探してやろうとしただけだろ!」
「ちーちー!」
 痛みで咄嗟にアーニャを離し、ロイドに掴まれた腕を抑えながら答える。
「こいつアーニャのことゆうかいしようとしてた!かいだんのうえになかまがいるって!」
「なんでそのことを⁉」
「ほう、迷子になった子供を誘拐して一体どうするつもりだったのか…まぁそれはあとで警察にでも説明してくれればいい」
「これだけ多い人の中で捕まるわけないだろ!」
そういいロイドたちから逃げようとした男は、後ろに立っていたヨルの蹴りによって崩れ落ちた。
「ぐはぁっ!」
「うちのアーニャさんに手を出すなんて、絶対に許せません!」
 その後近くの警備員によって男は拘束され、アーニャの証言により階段上に控えていた仲間も捉えられたようだ。
「ちち、はは…ごめんなさい」
「本当に心配したんですよ」
「ったく、目を離した隙に居なくなったかと思えばこんな事件になるなんて…だからあれほど手を離すなと言ったんだ」
「うぃ…ぐすっ、ごべん…ごべんなさぁいぃぃいい!!」
「なっ、なにもそんな泣かなくても…」
「ぐすっ、アーニャ…どこかにうられるかとおもった…ぐすっ、またちちとははとはなれちゃうかとおもったからぁぁ!」
「よしよし、怖かったんですよね」
 ロイドは周囲に分からない程度に眉を寄せた。アーニャの過去をすべて知っているわけではないが、施設を出入りしたことと記憶が重なったのかもしれないな…。ヨルの胸で泣くアーニャを交代するようにロイドが抱っこする。
「これなら絶対に離れたりしないだろう」
「ちち…」
「ふふ、そのスタイルのアーニャさん久しぶりに見ました」
「さぁ、少し食べすぎたから散歩しながらホテルに戻ろう。これ以上食べるとディナーが入らなくなるぞ」
 ロイドに抱っこされると視線は驚くほど高く、屋台が遠くまで見渡すことができた。
「あ!ちちまって!あそこのじゅーすやさんいくってやくそくした!」
「そんな約束いつのまに…まぁいい、それで最後だぞ」
 怖い思いをしたまま帰ると後味が悪いだろうからな、と思ったロイドはアーニャの指差すジュース屋の屋台へ向かった。
「おじさん!ちちつれてきた!オレンジジュースくださいな!」
 ロイドに抱っこされ、いつもより高い目線でなんだか気分も上がってしまう。
 久しぶりの父の腕の中、満面の笑みでオレンジジュースを吸い込む。

 

「みなさんようこそ、今日はいい天気で波も穏やか、絶好のシュノーケリング日和ですね」
 真っ黒いウエットスーツに身を包んだ人たちが沢山いるというあまり見ない光景を呆然と眺めながら、なんだかすぱいしゅうだんみたい!と密かに心躍らせていた。
「ちち、これぼーだんじょっきみたい」
「ライフベストだ、危ないからちゃんとつけてるんだぞ」
「おさかなさんみれる?」
「ガイドさんがあぁ言ってるから、きっと見れるんじゃないか?」
「楽しみですね、私もすごくわくわくしてきました」
 ここのシュノーケリングは初心者向けとなっていて、アーニャのような泳げない子供には専用の浮き輪を貸し出してくれるらしい。
 ガイドさんに説明を一通り聞いた後、順番に海へ繰り出していった。
「うわー!おさかないっぱい!すごい!なにこれ!すごい!ちいさくていろんないろのおさかないっぱい!」
「本当にすごいですね、こんなに沢山のお魚さんが見れるなんて」
「しろとくろのしましま、おれんじとしろのしましま、きいろもくろも!しましまいっぱい!」
「そうですね、しましまのお魚がいっぱいですね」
 始めてみる海の中は想像よりもカラフルだったようで、宿題の絵日記はこれで決まりだなとロイドははしゃぐアーニャとヨルを眺める。
「しましまはおさかなさんににんきなのか?りゅーこーのふぁっしょんってやつか」
 おさかなさんのせかいにもりゅーこーってあるんだなーと感心するアーニャになんと突っ込めばいいのか、これは突っ込む時なのかと困惑するロイド。きっと仲良しのあの子から教わったんだろうなと想像しつつアーニャに真実を告げる。
「アーニャ、あれは魚のファッションではない。分断色と呼ばれる敵を欺くための模様だ」
「てきをあざむく!おさかなさんたちいったいなにもの⁉」
 何者でもないんだが…これは説明すると長そうだな、と説明を諦めた。
「ところでちち、いるかとくじらはどこだ?」
「は?」
「アーニャ、いるかとくじらもみたい」
 スパイとは常にあらゆる可能性を想定しておくものだが、しかしいくら優秀なロイドといえどこの発言は完全に予想外だった。
「イ、イルカとクジラ…?」
 まさかアーニャが言うイルカとクジラというのは、あの大型哺乳類のイルカとクジラのことか…⁉ あれがこの浅瀬で見れると思っていたというのか⁉ くっ!子供の想像力とは恐ろしいものだ…ここは親としてきちんと説明せねばならない、いやしかしそれではこの子の夢を壊してしまうことになる!どうにかしてここにイルカかクジラをおびき寄せるか…いや、さすがに俺一人では現実的に無理か…一体どうすれば!とロイドが苦悩しているのを見て、いるかとくじらはみれないのか~と落胆するアーニャだったが、次の瞬間にはもう別のことに意識がいっていた。
「アーニャさん!カメさんです!カメさんがいらっしゃいました!」
「かめ!アーニャもみるー!ちち、いるかなんてもういいからはやくかめみにいくぞ!」
「え?イルカとクジラはいいのか?」
 というロイドの困惑した声はもうアーニャには聞こえておらず、すぐ近くまで泳ぎに来ていたウミガメを見ていた。
「はは、このおさかなさんたちつかまえたらたべれる?」
「どうでしょう、食べれるかわかりませんがつかまえることならでできますよ」
「おー!じゃおおきくなるまでアーニャがそだてる!」
「素敵ですね!それじゃどの子にーー」
「待て待て待て待て!」
 ノリノリで魚を捕えようと、妙な殺気を含んだ構えのポーズに入っていたヨルを慌てて止めに入る。

 

「アーニャきかんした!」
 3日ぶりの懐かしい我が家へと帰ってきたアーニャは、先に帰宅していたボンドとフランキーに出迎えられた。
「ボンド!いい子にしてたか?ごはんはちゃんとたべたか?さびしくなかったか?」
ボンドもアーニャに会えたことが嬉しいのか、アーニャを押し倒す勢いだ。
「よぉ、どうだった家族旅行は」
「もじゃもじゃ!なんでいる!」
「なんでじゃねーよ!ボンドのこと迎えに行ったの俺だぞ!」
 玄関先で何やってるんだと言いながら、ロイドは大きなキャリーケースを運び入れる。
「ご苦労だったな、ちゃんとお土産は買ってきたぞ」
「当たり前だろ、それくらいサービスしてくれなきゃやってらんねーよ」
「フランキーさんのおかげでとても楽しい思い出ができました。もし機会があれば次は是非皆さんで行きましょう」
 いらん気をつかわないでいいですよ、と呟きながらロイドがお土産の入った荷物をほどいていく。
「アーニャすごいたいけんした!うみのなかまるみえだった!おさかないっぱい!」
「ほぉ、どんな魚が見れたんだ?」
「んーと、きいろとかしろとかおれんじとか…とにかくしましまなおさかないっぱいだった!うみのなかではしましまがはやってるらしい」
「へー!海の中では縞々が流行ってるのか!すごいな!」
 楽しそうな2人を横目にヨルは思わず微笑む。
「アーニャさん、楽しそうでよかったですね」
「えぇ、夏のいい思い出ができました。ヨルさんも楽しめましたか?」
「はい、初めての体験ばかりでしたが、とても楽しかったです」
 それはよかったですと呟き、お土産をいくつか抱えて楽しそうな2人の元へ。
「ほら、これは地元で有名なワインとつまみだ、それとこれはアーニャから」
「お、なんだなんだ?」
「わすれてた!これアーニャがうみでひろったやつ!われたかいがらと、よくわかんないかいそうをほしたやつ」
「お、おう…アリガトナ…」
 これ一体何につかうんだ?新しい芸術か?とアーニャからもらった謎のお土産を眺めるフランキー。そしてロイドはもう一つ持っていたお土産をアーニャに渡した。
「これは友達にあげるんだろ?」
「うぃ!ベッキーとじなんにあげるやつ!」
 よろこんでくれるかなー?とお土産を抱えながら友のことを思うアーニャをつい微笑ましく思ってしまう。
「他には何買ったんだ?」
「同じだよ、自分たち用のワインとつまみだ」
「なんだよ、もっとぱーっと買って来ればよかったのに」
「荷物が重くなるからな、向こうでいい体験ができたからそれで十分さ」
「ふーん…ま、そういうもんかね」
 つまらなそうにいうフランキーの口角は、楽しそうな妻子を眺めるロイドと同じくらい上がっていた。
「じゃ俺はこれで」
「フランキーさん、ありがとうございました」
「もじゃもじゃ、またな!」
 軽く手を挙げながら気だるそうに帰っていくフランキーを見送ると、いつもの日常の空気に戻った気がした。
「アーニャ、またひこーきのおでけけいきたい!」
「そうですね、また行きたいですね」
「さぁ今日は疲れているだろうからゆっくり休もう」
「ロイドさんは明日からお仕事でしたよね」
「はい、またアーニャと家のことをお願いしてしまいますが…」
「大丈夫ですよ、任せてください」
 有休が溜まっていたとはいえ4日も休みをもらったから、きっと明日からはこき使われるだろうな…とロイドは内心不安だった。

 そしてそれから数日後のある日のこと、ロイドは旅行ぶりの休日をリビングで過ごしていた。
予想通りの激務を乗り越え、今ここにいる自分を猛烈に褒めてやりたいと珍しくソファで天井を眺めいたときだった。
「あと5日でアーニャの夏休みも終わりか…長いようであっという間だったな。楽しい夏休みにしてやれただろうか…ん?そういえば何か大事なことを忘れているような…」
 任務のやり残しか?いや、それは無いはずだ…だとすると一体…苦悩するロイドの元に、ボンドの散歩から帰ってきたアーニャがやってきた。
「ちちどうした?またはらいたか?」
「いや、そういうわけじゃ…アーニャ…そうだおまえだ!」
「うお!ちちきゅうにどうした!」
「アーニャ、お前宿題は終わったのか?」
「あ……アーニャ、もういっかいボンドのさんぽに…」
 いらぬ地雷を踏んでしまったと言わんばかりに冷や汗を流しながら回れ右をするアーニャだったが時すでに遅し。
「まさか旅行から帰ってきてからなにも宿題をやってないわけじゃないよな!?今すぐ宿題を全部持ってくるんだ!」
 逃げ場はないと悟ったアーニャは大人しく宿題をすべて持ってきた。ガクブルと震えながら1枚1枚ページをめくっていくロイドを見つめる。
「まさかこんなに残っていたとは…!あと5日で夏休みが終わるんだぞ!いつものペースでやってたら終わるわけがない!いいか!宿題が終わるまでは外出禁止だ!」
「ひぃぃぃ!ちちのおにー!」
 涙目を浮かべながらボンドの背後に回り込み隠れるが、鬼のような形相のロイドが近づいてくる恐怖に耐えきれずボンドはサッとその場を退きアーニャを差し出した。
「ボンド!アーニャをうったのか!うらぎりものー!」
「2学期早々トニトをもらって来られたら大変だからな、終わるまで俺がしっかり付き合てやる」
 ハンドラーには悪いが、もう後5日有休申請させてもらおうと目論むロイドの心を読んだアーニャ。これは宿題が終わるまで本気で離れてくれないと危機を悟り、魂が抜けたような気持で残りの5日間を過ごした。